「ええっ、ハークくんっ!?」
ぎょっとした顔で、菊がハークと呼ばれた子供のそばに近寄った。
「なんてことをいうんですかっ!駄目でしょう!」
子供の肩をつかみ、言い含めるように目を見つめてしゃべっている。だが、そんな優しい物言いで、聞くような子供とは到底男には思えない。
だが、どうしたことか。子供はぷうと頬を膨らましたが男への攻撃性は幾分薄れたような気がした。だが、それさえもなんとなく男にはおもしろくなかった。
菊と子供の特別な関係を見せつけられたような気分になったからだ。
菊に背を押され、子供は室内に嫌がりながら入ってきた。抱き寄せられて嬉しそうな顔をするものの、それは一瞬の事だった。
また燃える様な、攻撃的な目をこちらに向けてくる。
「ほら、今日から暫く一緒に住む事になった方ですよ。ええと、お名前がまだ思い出せないとの事ですから…暫くは不便ですが…」
「な、な、し!やろうだね」
ばちりと子供と男の間で火花が散った。
「もう!ハークくん!すみませんっ」
ぺこぺこと頭を下げる菊。
「では、こちらも紹介しますね、私の子供のヘラクレスといいます。子供と言いましても、友人の忘れ形見を引き取ったんですが」
「え、そうなんですかい!?」
大層な早合点だった。
だが、言われてみなくても、菊とこのヘラクレスといわれた子供はちっとも似ていないのだ。
何かで目が塞がれていたような気分だ。
そうだ、生粋の欧州圏の人種だろう。
という事は…菊は結婚はしていないということだ。そう解って何故だか少し嬉しかったけれども。
独身の男が、いくら知り合いの子供といっても預かるものなのだろうか。子供の故郷に帰れば、親戚等もいるのだろうから不思議な話である。
これから、育てていくのに莫大な金がかかるだろうに。
「…ふふ、私は家族が早くに死んでしまって、いませんで。この子が新しい家族になってくれて、救われているのは私なんですよ。」
男の考え等お見通しだとでも言うようにと菊は笑って言った。
「…そうですかい…」
数少ない言葉ではあったが、菊の孤独を見たようであった。
こんな広いうちにただ一人住んでいたのだろうかと思うと悲しく寂しい。
いつからかは解らない。が、この餓鬼がこの人の支えになっているのならいいのだろう、としみじみと思っていれば。
「菊は俺がお嫁さんに貰うから、もう絶対にひとりぼっちにはならないよ」
子供の宣言に、ぴきりと場が一瞬凍った。
だが主に凍ったのは布団の上で座っていた男であった。
男が男に何を言っているんだと言うより、こんな小さな子供が菊を本気で好きであるということが、はっきりと解ってしまった為だ。
宣戦布告。と男はもちろん受け取った。
上等じゃねえか。
「ちょ、ハーク君っ!あ、子供のいうことですから気にしないで下さいねっ」
いや、いや。そいつかーなーり本気でしょう。
焦った顔で言われてもあまり説得力がない。普段からよく言われているのだろうし。
そう思うが、必死に否定する菊に本気だよと一生懸命に叫ぶ子供。これは一生、子供扱いされ。本気にとられはしないだろうとなんとなく同情もするが。
だがにくたらしいことに代わりはない。自分への攻撃性は薄れるどころか濃さを増す。菊に子供扱いされるのも、なぜか男への攻撃要素となって増していくようだ。
だが、頭を踏みつけられた恨みは晴れては居ない。一言位は言ってやるのが、子供に対するしつけにもなるというものだ。
「…よう、餓鬼。前は頭踏みつけてくれてありがとうよ…」
その言葉に菊がすみませんと小声で言った。
しっかり菊の慌てた声も聞いていた為、もちろん菊に対しての怒りは湧いてこない。
多分菊の教育は悪くない。大事な一人息子。友人の忘れ形見というから甘やかしてはいるかもしれないが、怒る所はちゃんと怒って躾けているようだ、先ほどのことを見ていても。
だが、そういったものを全部をひっくるめたとしても、徹底的にそりの合わない相手というのは居るものだ。
「うるさい、ななし。さっさと元気になってどっかいけ。」
生意気な言葉は止まらない。
二人の間に、ばちばちと火花が散る。
「ほう、元気になるまではきっちり置いてくれるってことかい?ありがとうよ。」
揚げ足取りとは、大人げがない。
本人はそうは思っていなかったが、周囲に人間がいれば、必ずそう思った事だろう。はらはらことのなり行きを見守っていた菊がそう思ったかは定かではないが。
「…おまえ、むかつくっ!」
「!?」
思い切りのいいケリが飛んできた。
そばに居た菊にもそれは止める事が出来なかった。否、そんな行動に出るとは夢にも思っていなかった為だろう。
体の鈍っている男は咄嗟のこともあり、よける事が出来なかった。
べしっと鈍い音がした。見事に男の肩にケリが決まった。
だが、ナイスキックという声が上がる訳もない。ここはフーリガンの暴れるサッカー場でもなければ、リングの上でもないのだ。
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