「家族のこれから-3」


 は、恥ずかしすぎる。
 頭を抱えて布団の中に潜り込みたいような気持ちになる。きっと顔も真っ赤に違いない。
 ちらりと男の方を見ると、もう既に立ち上がった後だった。
「少々お待ち下さいね、今お持ち致しますから。」
 くすくすと小さく笑いながら男は戸を開け出て行った。

※※※
 

 結局、男が気を使って鍋のまま持ってきてくれたのだろう、その中を綺麗に空にしてしまった。
 申し訳ないと思いながらも、空腹には勝てなかった。非常に情けない話ではあるが。
「ほんっと、失礼しましてすいやせんでした、ごちそうになりやした!」
 全て食べ終わった瞬間、茶碗を脇に置き、男に床に上半身を伏して礼をした。
 そんな、顔を上げて下さいと男は恐縮したが、これくらいはさせて欲しいと頭を何度も下げた。
 倒れていたとはいえ、見ず知らずの人間に、そうそう出来る事ではないと思う。
 本当にありがたいことだと心の底から思っている。
 いいんです、礼がほしくてやった訳ではありませんと、繰り返す男とお互いに問答していたが、いい加減埒が開かなくなり、10回目を過ぎた途中からどうしようかとあぐねてた瞬間。
 目が合い、お互いの動きが止まった。
「ぷ」
 次の瞬間、吹き出した。お互いに。
 何をやってるんだか!
 涙目になりながら大笑いし。それがなんとか収まった頃、目元を拭いながら男は口を開いた。
「…あは、は…ふふ。…私は本田菊ともうします。この家の主です。ですから遠慮等せず…どうぞ気兼ねなくお過ごし下さいね」
 そう言うと又にこりと笑った。柔らかな、人なつこい笑み。
 この人、一体いくつなんでぇ。
 それは大きな疑問であった。亜細亜人は特に年齢不詳なところがある。総じて幼い感じがする。
 目の前の男もそのまんまで、あまりに可愛らしく、まったく年齢が読めない。
 しかし、今はその疑問は脇に置いておく。また聞けばいい。礼儀を知らぬ訳ではない。
 紹介されれば返すのが礼儀。何より命の恩人に名乗らない訳にはいかない。
「すいやせん。俺が先に名乗るべきでした…俺は…」

 …
 ………
 ……………
 …?

 え?俺は?…あれ?
 言葉が続かない。いや、頭の中にはなにもない。真っ白だ。
「ええと…」
 いくら考えても、思い出そうとしても何も浮かばない。
 あれ?なんでだ!?どうしてだ?
 何も、何も思い浮かばない!
 頭の隅々をさぐっても何も出てこないのは何故なのだ!
「…」
「…」
 沈黙が落ちる。
 駄目だ駄目だ、命の恩人に失礼だ。何か言わねば。
 だが何も浮かばない頭では出てくる言葉だって当然限られる。しかも嘘は絶対に付かないのが宗教観念からも、当人としても、信条なのだから。
「…すっすいやせん…その…つかぬ事をお聞きするんですが…」
「…はい?」
 小首をかしげ、男の次の言葉を待つが、当然ながらその先の言葉は、衝撃的以外の何ものでもない。

「俺って…だれ…なんですかね…?」
 大きな目がいっそう見開かれた。
「え?」
「…す、すいやせん…その…その…、何も思い出せなくって…」
 口の端が引きつる。こんな馬鹿げたことがあっていいのだろうか。まるで三文小説のようではないか。しかもその主人公だとは。
 ぽかんと開いた口が菊も塞がらないようだ。
 当然だ。なにより自分が一番驚いたのだから。
「ええっえっ!?」
 菊の驚いた声が部屋中に響き渡った。
「…」
 口元を押さえながら、じっとこちらを見つめてくる。少しの沈黙。
 澄んだ目で覗き込まれ、心の中まで見透かされているような気分になる。信じられないのも当たり前だと思うが、信じて欲しいと願うしかない。



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