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意識は闇の中からゆっくりと浮かび上がった。
体を包み込む暖かさと、腹を刺激する香りに呼ばれて。
なんだ?このいい香りは。
意識はまだ眠っていても、腹がすごい勢いで鳴るのが解る。体が兎に角、食物、栄養を欲しているのだ。
そうだ、自分はぶっ倒れたのだ。腹が減り過ぎて、目が回って、熱い地面の上に。
なのに自分の身をつつむ暖かさはなんだというのだろう。
しかも上手そうな飯のにおいが、周りを満たしているなんて。
もしかして俺は死んでしまったのか?神のもとへ召されたんだろうか。
まだまだやりたい事も沢山あったのに?ああ、そうだ。とてもとても、大事な事があったんだ。
だが、それさえも、霞がかってまるで遠いことのようで。
腹は良い香りに刺激され、飢餓をひたすらに訴える。天国も夢のような場所ではないということか。いや、もしかしたら地獄かもしれない。
ええい、ままよ。
覚悟を決めて、ゆっくりとまぶたを開ける。
差し込んでくる光の渦。
次いで飛び込んできたのは、心配そうな顔をした男の顔だった。
「ああ、よかった、気付かれましたね」
嬉しそうな、喜びに溢れる声だった。何処かで聞いた事のある声。低い、優しい声。
そう、ぶっ倒れる直前に聞いた。
「!!!!?!?」
唐突に全てを理解した男は思い切り、掛けてあった布団を押しのけ、飛び起きた。
瞬間、頭が揺れる。
「っつうっ…!」
酷い痛みとめまいに思わず頭を抱える。ぐらぐらと全てが揺れるようだ。
「駄目ですよ、いきなり動いては…!」
そう言われ肩を支えられる。
「一日寝ておられたんですから、大丈夫ですよ、何も心配はいりませんから…」
にこりと安心させるような笑みを見せられ、どうしてか、素直にはいと答えてしまう。
ついと、差し出された水を渡されるままに、受け取るとごくごくと一気に飲んだ。久しぶりに喉を通っていくそれは、まさに男の乾きを癒した。
その感触を楽しんでいるその間に、粥と自分の胃を刺激していたものだろう、スープが盆と共に差し出された。
「粥と、みそ汁です…ゆっくり食べて下さいね。異国の方のお口に合うかどうかわかりませんが」
差し出されるや否や、それを抱え込み。男は一気にそれを胃の中にかき込んだ。口の中にではなくまさに胃の中に。それほどに空腹の限界だったのだろう。
「ああ、駄目です、胃がびっくりしてしまいますよ、もう少しゆっくり…」
男の制止も聞かず、ただがつがつと食べる。
粥とは熱い物である。だが、男はものともせず、ただもりもりとほおばった。それはもちろん、気を利かせた男が十分に冷ました物を出したからであった。
スープの方は多少熱めだったが口の中をやけどする程ではない。
全てを一滴残らず食べ干し。
「…ふううううう…」
一息ついた時に、ようやくその事に気が至った、というべきか。
小さな気配りというやさしさに気づいた。その瞬間とてつもない後悔に襲われる。
なんという、無礼をしてしまったのか。
おそるおそるそちらを見やれば、にこにこと嬉しそうに笑う男がいた。
ここで空腹も、頭痛も治まりをみせ、ようやくその男をじっくりと見る余裕が出来ていた。
純日本人といった出で立ち。珍しいことに女性でもめったに見ない着物姿だ。小柄な体に良く合っている。綺麗に切りそろえられた髪は真っ黒で真っすぐに伸びている。黒茶の瞳は静かにこちらを見ていた。
失礼かもしれないが、見た目だけでいえば、可愛らしいという形容がぴったりな男だった。背もあまり大きくなく、全体的にほっそりとした印象だった。男に言うのはなんだが、華奢とでもいうのか。
「…それだけ食べれるのでしたら一安心ですね!」
「っ!すみやせん!失礼致しやして…」
心底うれしそうな笑顔に真正面からぶつかり、なんだかとてつもなく恥ずかしくなり、男は頭を下げた。いくら腹が空いていたとはいえ、助けてもらった礼よりも先にがっつくとはなんとも情けない。
「本当に助かりました…ありがとうごぜえやす…」
「いえ、いえ。」
ただ、男はにこにこと笑っていた。こちらの食べる気力を確認し、喜んでいるのだ。
手を差し出し、器を盆ごと引き取って言う。
「まだ向こうにもう少し残ってますから食べられますか?」
「や、そんな。その、こんなに良くしてもらってんです…気を使って頂かなくても…」
これ以上図々しい事が出来る訳もないと断ろうとした瞬間。
ぐうううううううううううぅぅぅうううう。
全く足りないとばかりに。
やたらと大きな腹の虫が鳴いた。
「…」
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