「家族のこれから-19」


 はは、俺は本当に馬鹿だな。
 菊が嘘をついているわけがないのに。
 そのまま、うつむき悔しさのあまりか震えているヘラクレスを置いて、台所から出て、菊の居る場所に向かった。
 もしかしたら、ヘラクレスは泣いているかもしれない。心のまるでない言葉だった。そんなものをぶつけたのは、ここにきて初めてだった
 本当に吐き気も、頭痛も止まらない。視界は揺れるようで、また倒れた直後に、逆戻りしたようだった。
 一歩一歩がつらい。
 だが、菊が居ると思えばなんとか、歩けた。
 なんとかたどり着いた先で、菊とかち合う。
「サディクさん!」
 途端安心したのか、ふらつき、足下がもつれ倒れ込んだ。
 菊が両の手を出して、支えてくれる。
 だが、体格があまりに違う。意識はあるが、身体はまるで自分の言う事を聞いてくれない。力がまるで入らないのだ。
「…ふっ…」
 倒れた勢いも手伝い、随分な重さになる。それでも一緒に倒れ込んでは駄目だと、菊は懸命に支えようとしてくれる。
 だが、とうとうバランスを崩す。
「!」
 倒れると、覚悟したのか菊が懸命に、サディクの身体を抱きしめた。サディクへの衝撃を少しでも減らそうと。
 ………。
 けれど、いつまでたってもその衝撃はこない。
 目をぎゅうと強く閉じていた所為で、気付くのが遅くなったのだ。
 ぼう、とかすむ目の前で、ちいさな手が見えた。
「きくっ、踏ん張って!」
 その声、菊の背を支える小さな身体に、菊は驚きの声を上げた。
「ハーク君っ!」
「はやく、俺つぶれちゃうよう!」
 その言葉に菊はぐと、踏ん張った。ヘラクレスが必死に頑張っているのに、自分がさぼっている訳にはいかない。
「せーのっ」
 ヘラクレスの背に押され、なんとか体勢を立て直した。
 そのままサディクの肩に手をまわし、支える形を取る。
 これならば少し、ヘラクレスに支えて貰えば布団まで運ぶことが出来るだろう。言わずとも、子供は菊が支えている逆の方に付いた。
 …八つ当たりした、嫌な客人。菊を奪う、嫌いな相手。
 それでも、ヘラクレスはサディクを助けた。
 酷い言葉にも傷つくことなく、しっかりと大好きな菊を支え助けた。
 ヘラクレスより、情けないのは自分だった。
 こいつはもう、立派な男じゃないか。
 必死にサディクの太い腕を支え、引きずりながらも布団までちゃんと運び届けた。
 息荒くも、菊のサポートをするのを怠らない。
 漸く横たえ、布団を菊が掛けてくれる。
 口をへの字に曲げながら、じっとサディクを見つめている。そんなヘラクレスをみる菊の目は優しい。
「ありがとう、ハーク君。」
 そう言って頭を撫でた。だが、それをぶんぶんと振り払うように首を振った。
「…ハークくん?」
 どうしたのだと、菊が声をかけると、ヘラクレスは立ち上がった。視線はサディクの顔から外れない。
 だが、目を閉じていたサディクには、ヘラクレスの言いたい事は解った。だから、こそ。力を振り絞って目を開けた。
「…かりはかえした。」
 目が合った途端、そういった。
 別に借りなんかじゃない。ただの八つ当たりだ。おまえのことを気にする余裕もなかった大バカの発言だ。…大きな借りを作ったのは俺のほうだ。
「はやく、元気になれ。ばか。」
 そう言うと、戸を音を立てずに閉め。ゆっくりと出て行った。自分の役目は終わったとばかりに。
 小さな背も大きく見えた。出て行ってしまったヘラクレスを見て、菊が気付く。
「…あ、学校…」
 すっかり忘れていたと、口元を押さえた。一瞬迷うような仕草をみせた。だが、こんなに酷い状態のサディクを置いては行けなかった。
 だが、今そんな優しさがサディクにとってはつらい。
「…いってくだせえ。」
 力を振り絞って、それだけいった。
 恥ずかしい限りで。だからこそ、今だからこそ、菊に子供の元へ行って欲しかった。
 そんな気持ちが伝わったのだろうか。
「…はい。すみません。すぐ戻りますから!」
 半分すでに立ち上がりながらそういうと、静かに音を立てないようにと、ヘラクレスと同じように出て行った。
 …完敗じゃねえか。
 俺なんか到底、敵わねえや。逆立ちしたって勝てねえ。あいつにも、きっと…あいつの…母親にも。
 そう思った途端、意識はまた。
 拾われたあの日のように、闇の中に消えていった。
 

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