「家族のこれから-17」

「いえいえ、今は日本国籍なんでしょう?普段の生活とはあんま関係ありやせんし。」
 申し訳なさそうな顔をする菊に、気にしねえで下さいというと、はい、すみませんともう一度いって菊は席についた。
 トルコの血が混ざっているのか。
 そう思うとすこし同族意識が湧く。まあ、菊は渡さないという気持ちはどうしたって少しも変わらないが。
 いただきますと、二人し手を併せてから箸を取る。
「…自分の生まれたお国は確かに見といた方がいいと俺も思いやす…」
「そう、ですよ…ね。私も個人的には昔からいってみたいと思っていたんですが。」
「じゃ、ご友人がギリシャ人なんですか…?」
「ええ、日本語はこちらに来た当初は、片言でしたが…かなり勉強されてました。日本に居る間に、どんどん上手くなっていったんですけど…私なんて、英語もまともに出来やしないし。恥ずかしくて。彼女を見習わなければと思って私も始めたんですけれど。」
 それで、初めはヘラクレスの為にもと、友人の女性に講師を頼んだらしい。だが、英語もあまり出来ない状態では、なかなか進まなかった。
 その大半を日本で過ごし、殆ど日本語しか話さないヘラクレスだったが、普段から、母親からちょこちょこと聞いている事もあり、また子供の順応力で、菊より早く覚えていったらしい。私にとっては、ギリシャ語はなかなかむつかしくてと、菊は言いよどんだ。
 日本人は確か、英語の低い音を聞き取れないと聞いた事があった。それも関係しているのだろうか。
「…まあ、アルファベットともちょっと違いますしね…」
 サディクも多少であれば、ギリシャ語は実はしゃべることは出来る。でもそれはあえて今言う事でもない。
 ええそうなんですよと苦々しい笑みで菊は言った。
「…変換から始めなくてはいけなくて。年のいった頭にはなかなか入りませんで。あの人が亡くなってからは、ネットで調べてみたらいろいろテキストはあったんですが、先にトルコ語が目につきまして。」
 半分はトルコの血も混じっている息子の為でもある、と購入したらしい。しかも近頃まではあまり進めていなかったが、サディクが転がり込んできた為に、必要性を重視してしっかりと取り組み始めたのだと菊は言う。
 ではほんの最近、数日の間でやったのだ。しかもサディク達が見ていない間に。この短い間であれだけ出来たというなら、大したものだと思う。
「や、すげーですよ。そんなでしたらギリシャ語も楽勝でいけちゃいますぜ!」
 そういうと、菊はいえいえと眉根を下げた。本当に全然でとしょんぼりしてしまう。だが、希望は捨てては居ないようだった。
「それでも…苦手でも、サディクさんとお国の言葉で話してみたいというのもあったんですけど…。いえ、それより何より、日本語のしゃべれるトルコ語の先生が居るという事は大きいかなと…。」
 そう言っていたずらっ子のように舌を出して笑った。
 タダでトルコ語が学べるのは確かである。
 やはり、ちゃっかりしているとは思ったが、サディクの国の言葉で話してみたいといわれたのはかなり、効いた。
 なんという可愛い事をいうのだろうと何度思ったか知れない事をまた、思う。
 ああ、駄目だ。この人。もう、たまんねえや。
 口に運ぶ飯はやはりとても上手くて。
 こんな人を嫁さんに貰えたら本当に最高ではないかと思ってしまう。…まあ、神はゆるしてくれないかもしれないが。
「おはよー菊!」
 そう挨拶しながら、入ってきた子供と目があった。
 にこやかに菊が挨拶する。
「おはよう、ハーク君。良く起きられましたねー」
 感心する声に、絶対に寝坊をするだろうと、決めつけていたサディクとしては面白くない。しかも自分は寝坊した訳だから、輪をかけて。
 昨夜も繰り広げた戦いはこの時点でその続きとして開始されている。ここに来てから連日よく飽きないものだと思うものの、相手が居る限りそれは続くのである。
 だが、その目はやはり眠たそうだ。いくら夜に強いギリシャ人だといっても、子供のときからそうであるわけではない。
 サディクとの間に、ばちばちと火花が散った。
 いくら眠たくても闘争心は失わないあたりが立派すぎる。
「おーはーよう、ハーク君?」
「…おはようございます…」
 菊の手前である。ぼそぼそと眠いのだ、寝ぼけているのだと言うアピールを菊にだけして、自分の席に座る。
「ほら、もう。いったでしょう?早く寝ないと今日がしんどいって。」
 菊が親らしくヘラクレスを諌める。

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