「青春!バレンタイン-3」



いいよなあ、俺もおまえみたいに一生に一度くらいそれぐらい貰ってみたいよとうらやましそうにするイルカに、サスケは少し笑う。
そういうなら、是非無駄にしない為にも…食べてくれと。
持ちっぱなしだったチョコレートを、サスケはイルカにもう一度差し出す。

「…何個でも気持ちこもってりゃ同じなんだろ?…こんなでも…おれきっと全部食べきれないから。先生、助けると思って、一個だけでいいからさ、喰ってよ」
二つしかないのがありがたいと思った。
まるで仲良く二つに別けて食べている様だ…恋人同士のように。
今度はさらりと軽く流してしまったせいか…実の所前より物凄いことを思ったけれど、サスケは気付けなかった。これをくれた女子に感謝出来てしまうくらい…浮かれていたからかもしれない。
「…ひと、だすけね…ま、それなら仕方ねーよな…ごめんな、誰かわかんねーけど…ちょっとだけ貰うな」
ぼそぼそと恐らくつくった女にだろう、イルカは礼と謝罪を繰り返した。
それもなんだか気に触ってサスケはまだ下げられたままだった、いつか自分もそうなるだろう…大きな手を取って…ころりとしたチョコレートをのせた。
「ん、ありがとうな」
未だに少し複雑な顔をしているイルカ。
そんなに申し訳ないと思っているのだろうか。
けれど、それでも…自分と一緒に食べてくれるのだ。それが何より嬉しい。
「…よろしく…お願い……します」
そういうとイルカはやさしく笑ってくれた。
サスケも笑い返せば、イルカはいただきますと行儀よく手を合わせ、持っていたチョコの一掛けをひょいと口に放り込んだ。
それに続いてサスケも口の中に放り込む。

ほわりとした甘味が…噛み砕く度に口の中に広がった。
苦手なはずの甘いものを食べているというのに…なんだか、くすぐったい感じがしているのは何故だろう。
そんなに一緒に…イルカと何かが食べたかったのだろうか。
思っていたよりも…遥かにそれが美味しかったせいもあるかも知れない。イルカはどう思っただろうと…感想が聞きたくなって、イルカの方へ首を向けた時それはおこった。

「つっ!!」

雷に打たれたようなそれは…もう生涯忘れることが出来ないかも知れない。
揺れたイルカの瞳が綺麗だと思った。
自分と同じ澄んだ真っ黒なその目が。
途端、胸に溢れる思いは。

「…あ…」
それはイルカも同じようで…こちらを見つめたまま、かちりと固まってしまった。
だが次の瞬間、急速にその顔は真っ赤になって。
そしてわたわたとイルカはすっかり挙動不信になり。

「え?え?ええ?」
こちらを見ては戸惑い、え、え、と解らないと不安そうな声をあげる。
頬は今までに見たことがない程真っ赤で、色付いた耳も…サスケは初めて見た。これほどうろたえるイルカを見るのは当然初めてだった。

かわいい。

今まで思ったこともない感情が…いとも簡単に心に浮かんで。大の尊敬する大人に思うことじゃないとか、男相手に気持ち悪いだとか…先ほどまでの自分なら思っていただろうことが…何一つだってを邪魔しないのだ。

あわあわと震え、閉め切ることも出来ずぽかりと開いた口から覗く舌が少し、卑猥で。
口の横についていたココアの粉を、気付けばぺろりと手で頬を挟みこんで…舐めていた。
こんなに自分の感情に素直になったことはない。いや…逆に振り回されているのかもしれないが。

見開かれたその瞳はやはり綺麗で、真直ぐで、誰よりもやさしい…イルカそのものだと思った。瞬間、総べて真っ赤になった耳たぶにも食い付きたいと、思った。
堪らない衝動が自分の中を駆け抜けていくのが解る。

その耳もとに欲望のままに唇をよせたとき…

サスケはがくりと体勢を崩した。
なんだと思うけれど、誰がどうしたかなんてこの状況じゃすぐ解る。物凄い勢いでイルカが立ち上がったのだ。
「あ、あ、あ、…さ、さすけ…」
真っ赤になっている耳と、口を覆いながら震える声でサスケの名を呼ぶ。それだけで、血が沸騰するように熱くなった。
…イルカ…先生」

途切れがちでも、しっかりと…呼べば大きくイルカの身体が震えた。口元を押さえたまま、俯き後ろに下がっていく。
戸惑いは充分に伝わってきていたが…イルカを気遣う余裕なんて今のサスケにはまるでなかった。ただ自分の意志だけを優先させて望みを叶えようとした。
もう一度触れたいのだとばかりに手をのばせば、がばりとイルカはもう湯気でも出そうなくらい…真っ赤な顔をあげた。

「旨かった!ごちそうさまっ、じゃまた…あすなあああああああああ」

酷く上ずった声で、叫んで…サスケから後ずさりで遠ざかり。
入り口まで辿り着くと…すぱんと戸を開け放ち、物凄いダッシュで走り出した。首まで真っ赤なその背中は…あっという間に廊下の端に消えていく。
フェイドアウトしていく声がどれだけ慌てて去っていったのかよく物語っていたが。
急いで後を追ったのに、当然、その背はもう見えない。
その声ももう、聞こえなくなってしまった。

「…く、く、あははははは…」
なんだか急に可笑しくなって、頭一つ戸から出していたのを引っ込めて、教室の隅に座り込んでサスケは笑った。

なんだ、気付いてしまえば可笑しくもなんともない。
どうしてあんなに気になったのだとか、側に居て欲しいと思ったのか…その手からもらえる…苦手なチョコレートがどうしてもほしくなったのか。

…好きだったんだ。こんなにも好きだったんだ。

嬉しくて、くすぐったくて…笑いが止まらない。こんな簡単なことに気付こうとしなかった…持ってはいけない思いだと封じ込めようとしていた自分。
こんな形であっても知ってしまったことが…こんなにも嬉しい。
笑いを収めて、改めてイルカへの思いをしっかりと受け止めた。

どうしたら、イルカが自分のものだけになるか。
今のサスケには…それだけしか考えられなかった。

自覚してしまえば行動はいくらにでも大胆になる。子供と言う武器を使うことにだってためらいはない。
チョコを食べた途端、イルカの瞳に捕らえられた瞬間、胸どころか全身に広がった思い。

甘くやさしい…思い。

もう、女子達を怨む気など…さらさらない。今の自分は彼女達と同じだ。
あのチョコにどんな仕掛けがあったとかも…今はもうどうだっていい。
この思いに気付かせてくれたと言うなら、感謝しなくてはならないくらいなのだから。
しかも…絶対脈ありときたら…。
もしくはチョコレートのお陰で両思いだったらどうしよう。
それなら感謝どころか、三倍返しでもなんでもやってやらなくちゃ。
真っ赤になって走り去ったイルカの表情を思い浮かべて…サスケは笑う。

…容赦、しないから。

「…先生、覚悟してくれよな」

少しくらい我が侭になったっていいだろう?
子供はそうあるべきだと、言ってくれたのは先生なんだから。

あんた限定で…そういさせて。


バレンタインも悪くない。
ポケットの特別なチョコレートがさらに自信を与えてくれる。

山盛りのチョコレートを抱えて、不適に…けれど晴れやかに、サスケは笑った。


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