「見損なったぜ、サスケ」
…なんでそんなことをこいつに言われなくてはならないのだ。
そう思ったし、確かにその不機嫌な様は顔にも表れていただろうが、こればっかりはどうしようもない。その不快を隠すことが出来る程…年を重ねている訳でもなかったし、それほど寛容な心を持っているわけでもなかった。
だが、それ以上に奈良シカマルの顔は不快にゆがめられたままだったし、その横でサスケの持っている大量のチョコを、涎を垂らしそうな勢いで見つめたままの秋道チョウジにも変わりはない。
「…なんだと…?」
目の前の男を睨み付けながら、ムカムカする胸の塊と共に吐出せば、んなこともわかんねーのかと明後日の方向を向きながら、座っていた椅子からすとんと降りる。
脇に置いてあった紙袋にそおっと伸びてきた肉圧の腕をやめろとハタキながら、めんどくせえといつもの文句を呟きながらも、サスケにしっかりと向き直ってシカマルはいった。
「そりゃおまえにゃ、うっとーしーだけの奴らかもしんねえ、俺だって良くそう思うぜ。けどよ…、それでもだ…それは、あいつらがお前だけに食べてもらいたいってがんばった結晶だろうよ。今日の日に思いを込めてよ。…それをひとかけらも口にせずに他人にやって…それでいいのかよ?」
攻められるような口調に、サスケは当然押し黙ることも出来ず、反論する。
「無理矢理に押し付けられて…味わえって言う方がおかしいだろう!俺は基本甘いモノは苦手なんだよ!」
だから、もの欲しげに見つめてきた…そしてずばりそのまま…チョコが欲しいと言ったチョウジに丸ごとやろうと思ったのだ。
それの何が悪いと言うのだ。
…シカマルの言う通り、一族をまるごと亡くしたあの日から…自分に付きまとう女達はうっとおしい以外の何者でもなくなっていた。
忍びとしての本分を、高みを目指そうともせず、ただ女ばかりを主張して、修行も疎かにするような奴らなど。ただでさえ大嫌いだったと言うのに。
それどころか、自分の修行の邪魔にまでなるのだから堪ったものではない。
サスケにとって、このバレンタインと言う製菓業者に踊らされる風習は、はっきりいってうざったらしいだけでしかないというのに。
普段から薄っぺらそうな…情を、押し付けがましく愛を語ってくる癖に、ここぞとばかりに気持ちだと押し付けてくるのが…サスケには余計に気に入らなかった。
何が特別の日だ。人の迷惑も顧みず、好意だけを押し付けるのがおまえらの恋とかいうのか。
お前達に俺の何が解る。
そんな気持ちばかりが…恥ずかしげにチョコを押し付けて去っていく女達に募った。
いつもの様に修行をしていた所に…火遁を放とうとした所に掛けられる声や、手渡されるチョコレートの山、山。もう…いい加減にしろと叫びたがったが、そう叫ぶ前にとっとと消える女達。フラストレーションは堪る一方で散る気配さえ見せない。
今日はもう一日中…いらいらしっぱなしだったのだ。
他の男からすれば随分贅沢な悩みであろうとも、入らないものを押し付けられるのははっきり言って迷惑以外の何ものでもなかった。
だが…さすが世の中は良く出来ているというのであろうか…捨てるものあれば、拾うものあり。
どうしようかと山盛りのそれを抱えて悩んでいれば、二人が教室に入ってきたのだ。
そうして、山盛りのそれに気付いたシカマルがモテモテでうらやましいこってと笑い、チョウジが今にも飛びかからんとする勢いで欲しい欲しいと喚き出したという次第だった。
完全に利害が一致したから、そうするのであって…別に可笑しくもなんともない。捨てなかっただけでも随分とマシなのだから。
そう思って反論したと言うのに、目の前の男に呆れたといったため息を盛大に付かれたから。
「だから、餓鬼だってんだよ。サスケぼっちゃん。わかんねーならもういいよ」
眉を顰めたまま、シカマルはチョウジの襟首を引っ付かんで、教室から出ていこうとする。
「お、おい!」
引き止めようとしたって、もうその意志が変わることはないのだろう。…教室の中でも一番の重量級のチョウジを重そうに引き摺っていく。
だが、それに逆らうようにチョウジは足を踏ん張って、紙袋を引っ付かんだ。
「…やだよ、シカマル!サスケにまだこれ貰ってないんだから…」
「…いくぞ、チョウジ!…もう、いいだろっチョコレートはよ…って、こら、まてまてまて!!ひっぱんな!」
引っ張っているはずのシカマルはチョウジに逆に引き摺らる形になっており、格好を付けた割にはすっかり間抜けな体勢になっていた。さっきまで詰られていたのにと、笑う訳にもいかず、サスケはただ…その成りゆきを見守っていたが。
「わかった、わかったよ、焼肉でもおごってやっから!」
その叫びに引っ張りあいは一気に終局を迎え、シカマルは思いきりチョウジの背で、その広いデコをぶつける羽目となる。
「…ほんと!?シカマルやきにく…奢ってくれるの!?」
先ほどまでのチョコレートへの執着は何処へやら。嬉々としだした、チョウジにシカマルは打ち付けたデコを撫でながら、仕方ネエからなと渋い顔で言った。
「やったー!じゃあチョコレートは取り合えず諦めるね!じゃあね、サスケ!」
…今にでも…どれだけの出費になるか想像は硬くない。秋道チョウジの食欲は底がない。
シカマルが財布に受けるダメージははっきり言って凄まじいだろう。
それを付き合いの一番長いシカマルが解っていないはずがない。
だがそれほどに、サスケに送られたチョコレートの山をチョウジにやりたくないのだとサスケは気付いてしまった。
なんで…そんなに…?
確かに、おくられたチョコレートの中には、シカマルがくの一の中では比較的良くつるんでいる山中いのの分も入っている。
いつものように…春野サクラと競うようにして渡されたのを良く覚えているからだ。はっきりいってやかましくうざかったが。
だからか…?友達の思いを踏みにじられるのが嫌だって言うのか…?
目の端におにく、おにくと喜びながら去っていく二人が目に映る。シカマルは完全に肩を落としていたが…。
チョコレートより肉かよ…。
それを言えば当然成長期のサスケもそうなのだが、チョコレートを貰ってくれると言った約束を反故にされてしまっては元の木阿弥だと思う。せっかく処分の糸口が見つかるかと思ったのに。
…捨てるしかないか。
とてもひとりで食べきれる量ではないのだから…そうしたって確かに間違いではないのだ。自分に言い聞かせながら、サスケはおいてあった紙袋を自分の元に引き寄せる。
捨てるのだと思った瞬間、僅かにちくりと痛んだ胸も気のせいでしかないだろう。
…好きだとか…思いがどうとか…うっとおしいんだよ。
一つ手に持っていた、ハート形の綺麗にラッピングされたチョコレートをサスケは見つめる。
こんなのがなんになる?
こんなちゃらちゃらした思いなど。
将来に、なんの役にだって立たない。弱味をつくるだけで強くもなにもなれないのに。
そんな思いを今持つことはサスケには許されないと言うのに。
余裕一つない自分に情を、よこせと迫ってくる女達が酷く憎かった。
恋愛になど現を抜かせる、余裕のある女達が。
好きだと言うなら、もっとこっちの気持ちも汲みやがれ!!
「…くそっ」
そう呟いた瞬間、がらりと戸が開いた。
気配に気付けなかったのかと、ぎょっとしてそちらを見れば。
担任のうみのイルカが立っていた。
「…お?サスケ?まだ居たのか。めずらしいな、お前が最後なんて」
そういって笑いながらこちらに歩いてくる男に、サスケは何故か突然気恥ずかしくなり…焦って沢山のチョコレートの紙袋を自分の背の後ろに隠した。
なんで…こんな時間にくるんだよ…。
しどろもどろになっている…そんなサスケにイルカが気付かない訳もなく。
イルカはちらりとその背に隠されたものの中身を確認したのか、すごいなと感心の声をあげた。
「…おおー凄い量だな。色男!ひゅーひゅーってとこか?ナルトなんか羨ましがっただろ?あいつは多分義理で一個だけだとか嘆いてたからな〜」
素直に感心されて、ナルトまで引き合いに出されて…サスケは黙り込む。
どうしてだろう、イルカにはそんなつもりなど少しもなくても…こういった色恋沙汰に現を抜かしているのだと言う部分など、見せたくなかったのだ。いや、女にきゃーきゃー騒がれている自分を見られるのが嫌だった。なにか、不自然なバツの悪さと言うか…後ろめたいと言うか。
表現し難い何かが、サスケの胸をもやもやを濃くさせる。
「そ、そんなことない…迷惑なだけだ…こんな沢山のチョコレートなんて」
そうぼそぼそと零したサスケにイルカは目をぱちくりとさせて、そうか…この量はちょっと凄いもんな?と苦笑いを零した。
その言葉に、表情にますます、恥ずかしくなってサスケは俯いた。
修行もさぼってチョコレートの処理法法などを考えている自分が情けない。自分にそんな暇はないのだと普段から女子たちのやかましさ、ずうずうしさに嘆き、イルカにもそんな愚痴を零していただけに。
…かっこわる…。
すっかり自己嫌悪に、暗雲を背負うサスケにイルカはまいったなと、鼻の頭をこりと掻いた。
「じゃ、サスケにはいらないかなあ…これ。一応クラスの…貰ってないと主張する男子にやったんだが…っても結局全員にやってるかんじだけど…俺が食べるかなあ、なあサスケ?」
そういってごそごそとポケットを探り…見つけだしたそれを、差し出された気配に顔を上げて見れば、その手には小さなアーモンドの入ったチョコレートが乗っていた。
「い、いる!」
一、二もなく…気付けばそう叫んでいたのが…我ながら滑稽だとは思ったが。
先ほどまでの自己嫌悪も、不快も全部振払うような出来事だったのだ。
こうして、イルカからモノを貰ったことがない訳ではないのに。
他の男子にだってあげたと言うのだから、自分だけが決して特別なわけでもない。
それでも、イルカから貰えるチョコレートと言うものに…堪らなく惹かれた。
男から貰いたいのだと思うのは可笑しいのだとも解っていた。だがそれを差し置いても欲しいと思った。
男からだとかは関係なく、イルカからもらえる何かが欲しかったのだ。今まであんなにもうっとおしいと思っていた目の前のチョコレートは何よりも欲しいものへ変わっていた。
「…いいのか?また増えちまうぞ?」
そういいながらもイルカの表情は柔らかい。
まるで小さな子供を相手にしているようだとも思ったけれど、それを止めて欲しいと言える程の余裕が今のサスケにはない。
「それなら…たいしたことないから一個ぐらい増えたって全然大丈夫…」
「…ん、じゃ手を出せ」
差し出した手にころりとのっけられたそれに、サスケは何故か嬉しくて堪らなくなっていた。
頬が火照っているのが解るけれど、自分では治められない。けれどそんな姿を見られたくなくて、やっぱり俯いてしまう。情けないとか思うけれど、こういう…格好わるいと思う所はあまりイルカには見せたくないのだ。
「あ、ありがとうございます…」
蚊の鳴くような声で礼をいうと、イルカはにっこりといつもと同じ太陽のような笑みで笑った。
「おう、大したものでなくてすまんけどな、サスケには丁度良かったかな」
…そうだ、これだけで良かった。少なくっていいのだ。
もらえるチョコレートなど…本当にこれだけで良かったのに。
そう思っても目の前の大量のチョコレートは消えないし、受け取れもしない想いも山盛りだ。
世の中うまくいかない。