「未練-1」



「おーし、んじゃ今日の授業は…夢、についてだ。10年後あたりに叶えられてそうな夢をさっき配った紙に書け」




真っ白い紙をあらかた配り終え、イルカは言った。
半分眠っているような子供も叩き起こすような大声で叫ぶ。
「はあ!?」
クラスのほぼ全部からそんな声があがる。
解り切っていたそんな反応に苦笑しながら、イルカは言葉を続ける。
「だから夢だ。なんでもいい。人にとっちゃとるにたらんもんでもいい。兎に角書け!それを全部まとめて土の中に埋める。んでまた10年後に掘り起こすってわけだ…いわばタイムカプセルってやつだな」
へーとかおもしろそうとかいう生徒や、意味の無いことをとため息をつく生徒もいる。
かったるいめんどくせーと顔をしかめているのは、イルカと同じ髪型をした子供だろう。
「せんせーそれ忍術となんのかんけーもないじゃんよー!」
そうぶちぶちという子供に、イルカはまってましたというかのように言葉を返す。
「まあ落ちつけよ。ちゃんと忍術にも関係があるんだよ」
イルカは生徒達にくるりと背を向けて、黒板に配った白い紙をぺたりと貼る。
そして自分の夢をさらさらと書いた。

『このクラス皆すべてが良い忍びになれますよう』

イルカらしい几帳面な字だった。
一字一字綴られていくたびに、くすくすと嬉しそうな笑い声が聞こえてくる。
最後まで書き上げると『言われなくったってぜってーすげー忍びになるってばよー』などと一番の問題児が騒ぎ立てているのが解る。
それにくすりと笑って皆に向き直り言う。

「いいかー皆。これが目下の先生の夢だ。まあ俺は皆にこうして見せたが…おまえたちのは俺も見ないし、誰にも見せないつもりだ。叶えられるかどうかはお前達次第だしな」
張り付けた紙を取り、自分の目の前にイルカはかざす。

「だけど折り畳んだ紙じゃあ10年後開いた時…誰のかわからないだろ?裏にも名前を書いても良いんだが…まあこっからが本題だ」
翳した紙にすと人さし指ニ本を当てる。
す、と瞬時に気を集中させチャクラを練りこむ。
そして紙に自分のチャクラを送り込み定着させた。
「あー!!」
ピンク色の髪の聡い少女が叫び声をあげた。
イルカのしたことの意味が良く分かったのだろう。
「さっきのでわかったやつもいるみたいだな」
にと笑って紙を机の上に置く。
「これで誰が書いた夢か一目瞭然と言う訳だ」

紙からはゆらゆらとイルカのチャクラが揺れている。
見ただけでも解る程に。
チャクラに馴染みのないものでも、触れれば誰のモノか解るような便利な目印。
ざわざわと教室がざわめく。
はて?などと言う顔をしている子供もいるがそれは後でげんこつと共にみっちり教えてやろうとイルカは思った。
「チャクラコントロールの練習が一番の目的だ。それを止めると言う練習もな。まあ…コツをつかめば簡単だ。初歩の術だからな。だがそれを掴むまでが以外と難しい」
なるほどと黒メガネをかけた生徒がうなずくのが見える。
となりの生徒はさっそくイルカがやったことを実践しようとしていた。そして失敗したようだ。
もうちょっとこいつらには集中力が必要だな。
そう思いながらくぎを差すことも忘れない。
「しっかり止めねえと10年後名無しのもんとしてみんなに読まれることになるからな。そこんとこ覚えとけよ!」
「げーーーーー!」
あまりチャクラコントロールがまだまだ殆ど出来ないような子供達が叫び声をあげる。
「名前かきゃ済むことじゃんよー!」

…こいつら…
イルカは顔を引きつらせて怒鳴った。
「あほっつ!それじゃなんの授業かわからんだろ!!!いいから兎に角先に夢をかけっ!」

書けた者から紙を折り畳んで俺の処にきなさい。やり方を教えるから。
そう言うと椅子にどかっと座った。
まったく…と足をくんでかりかりと鉛筆の走る音に耳を傾ける。

迷ったように止まってはまた書き出し。
あーとかうーとか言う言葉と共に消しゴムで消したり。
ぼそぼそとやきにくやきにく…いやとんかつ…とつぶやいている生徒もいる。
…食欲も程々にって何回通知簿にかけばいいのかなあ…

ふふ、とイルカ小さく笑う。
それでも…真剣に考え書いてくれているのかと思うと嬉しくなった。

「イルカせんせーい!できたわよー!」

そういうと長い髪をひとつくくりにした気の強い少女が手を上げた。
「おーじゃ、紙折り畳んで誰にも見せないようにして先生のとこにこい!」
その声に焦ったように声が上がった。
「せんせー!夢一つじゃないといけないのかー!?」
ひとつ…じゃなくてもいいに決まっている。
このぐらいの年ならば当たり前だ。
夢は多いほど良い。
けれど…
「…おめえ…いくつも夢があるのはいいが10年後に叶えられそうなのか…?」
「と!当然だってばよ!出来るってばよ!!ラクショー!!」
焦ったように叫ぶ金色の子供。
苦笑してイルカは余っていた紙をそちらに回すように一番前の席の生徒に渡す。
「いいかー夢はいくつでもかいていい!けども紙一枚につき一つだ。…いいか!紙一枚につき一つだ!!わかったなー!」
含むようにいうとやはり声があがる。
「…先生のけちんぼ!いじわるせんせい…!」

意味を察した金色の子供がぶつぶつと文句をたれる。
「…なんだと…?」
じろりとそちらを睨むとぎくりと体を強張らせた。
が、回って来た紙を沢山ひっ掴むと、猛然と書きはじめた。

「ったく…」
ぶつぶついっていると目の前に紙が差し出される。
「せんせーあんまり怒ってるとしわが増えるわよ?もうそろそろ気をつけないとやばいわよ〜?」
くすくすと笑ってお願いしますと少女が言った。
「はは…心配ありがとうよ…なるべく気をつけるよ。じゃ、やるぞよくみとけよ」

そういってイルカはチャクラを練りはじめた。

「おーし!赤丸いいぞ!最後の砂掛けだ!!」

勢い良く彼の忍犬が後ろ足でしゃかしゃかと土をかけて埋めていく。
皆の夢がつまった箱を埋めるのにそれなりの大きさの穴を掘って埋めようと皆で校庭の端に集まった。
まあ、ついでだしと土循の術を応用させようとしたのが不味かった。
一人が発動させれば良いだけのモノを…数人でやった挙げ句、術の多くが不発し、そこら中を穴ボコにしてしまったのだ。

それを必死に埋め戻した。
こんなことならイルカ1人でやれば良かったと頭を抱えてもすでに時遅し。
埋め戻すのにまた術を使わせたら大変なことになると、必死に皆で土木作業宜しく穴を埋め戻した。

ちょうど夢の紙を入れた箱を入れるのにちょうどイイ大きさの穴を残して。
残る穴ボコは後一つだった。

後は任せた!イルカは一休みと謂わんばかりに木陰に腰を降ろした。

中腰で作業は結構に疲れる。
子供達の目線に合わすと自然とそうなるのだから慣れたかなと思っていたが、そうでもないらしい。
ふうと息を吐いて延びをひとつ。
子供達はわあわあと声を上げながら楽しげに穴を埋め戻していた。
にこやかにそれを見つめていると、すとイルカの後側にたつ影があった。
誰だかなんか聞かなくても解る。

無口でクラス一優秀な生徒。

「先生、情けねえな…もう疲れたのか?」
憎まれ口を叩く少年にイルカは笑った。
「はは、まだまだいけるっての…先生はまだまだ若いんだからな!…それよりどうした?」

彼から話し掛けてくるのはとても珍しい。
一時期は嫌われているのかとも思ったが、そのうちただ余計な事を口にしない質なだけだと解った。
自分に興味があり、強く慣れる事であればなんでも聞いて来た。
解らない事があるから教えて欲しいと目線をそらしながら、頬を赤く染めて聞いて来た時もあった。
いつも大人びている彼を見ていて心配する所もあったが不器用な子供らしい部分もあるのだと嬉しく思ったものだ。

少年はあまり群れるのを好まない。いつも1人でいることが多かった。
だから今回も遠巻きにこの騒ぎを見ているだけだった。
少年が参加していたなら綺麗に穴も掘れていたかもしれないなとぼんやり思う。

「…なんでこんなくだらないことするんだ?」
ぽそりと呟かれるようにこぼれた言葉。
そちらを見遣るとイルカに表情を見られたく無いのか、少年の首はあさっての方向を向いていた。
「…だから…」
「ちがうだろ、先生」
言おうとしたことを遮られてイルカは苦笑した。

聡い子供だ。
ごまかしはきかないか…。

確かに今は、正規の授業では無く、アカデミーの教師が生徒達に足りないと思った部分を補強する為に与えられた時間枠だった。それはその教師の資質によって大きく違うものだ。遊びに使うものもいれば、ごく普通の忍術の授業になることもある。
だが、それくらいでこの一癖も二癖もある子供達の身になるとは思えないから。
イルカは頭をひねってこんな授業を考えたのだった。
けれど…もちろん一番の目的は別にあった。

この少年の言う通りに。

「んー…そうだな。…未練…かな?」
「…未練…?」

訝し気に聞き返してくる子供にイルカは殊更ゆっくりといった。

「願掛けみたいなもんもある…かな」
「…」

訳が解らないと言うような顔。
視線をそらして、穴を埋めている子供達の方を見る。
子供達は泥だらけになりながら笑っている。
せんせーもうちょっとでうまるー!などと叫んでくる子供に手をふってやる。

「みんな…忍びになっても必ず戻ってくるように…」

はっとしたように少年がこちらを見た。
「…立派な忍びになろうが、戦場で危ない時なんかいくらでもこれから出てくるよ。死にそうになることなんてざらだ」

いつもの自分とは違う淡々とした口調。
じっとこちらを見つめる気配。

イルカは続ける。
「けど…もし…そんなことはあって欲しく無いが…万が一死にそうになってしまった時…」
そう、自分にも覚えのある、一瞬。
「本当はまだ生き延びるチャンスがあるってのに…そこで諦めてしまうのが一番恐い」

ひとことひとことゆっくりと噛み締めるように。

「隙が生まれる。死に一直線に向かう隙が…諦めるのは恐い。少しでもそう思えばその時点で未来も何もかも…諦めてしまったのと一緒だからな…」

さあと風が通り抜けていく。とても気持ちの良い風が。
血なまぐさとは無縁の。

「けれど…里に沢山の未練があればそんな風には諦めない。簡単に諦める事なんて出来ない。生きたいと思う気持ちがあれば。ほんの些細なことでも降り積もれば大きな未練になるだろ?」
「…」
「まあくだらんことだが。これもその一つって訳だ…」

小さな未練。

それは幾らあってもイイくらいの。
我ながら甘っちょろいことを考えているとも思う。
けれど、自分にも覚えのある感情。
ほんの少しでもいい。その手助けになればいい。
自分の教えた子供達。出来れば長生きして欲しい。
ただの偽善、自分のやっている事の正当化の為の言い訳かもしれない。
でもいま触れあっている子供達が愛しいのは真実。

この気持は本当だから。

忍びであるからこそ、忍びであってこそ。自分のもとに元気な姿で帰って来て欲しい。
少し恥ずかしくなってごめかす為に笑って鼻の傷を掻いた。

じっとこちらを見たままだった少年がふいにむこうを向いた。
釣られてイルカもそちらを見ると穴埋めはもうすぐ終わりそうだった。


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…ブラウザ閉…