「未練-2」



そんな少しの間に少年が距離を詰めてきていた。

「先生。…悪いけど…さっきの紙、俺のチャクラが入った紙。くれ」
「え?あ、ああ」
イルカは脇においてあった皆の夢がつまった箱をとって開く。
まだ完全に封をしてなくて良かったなと思いながら少年のチャクラを探した。

「お、あったあった。ほい。なんだ?書き忘れたことでもあったか?」
見つけた少年のチャクラが入った紙を手渡そうとした時に、ぼそりと小さな声が聞こえた。
「ごめん。俺なんにも書いて無かったんだ、ただチャクラをいれただけで」
俯いて、それを受け取りながら少年はいった。
「…そうか」

複雑な事情を…辛い過去を持つ子供。

あまりに残酷だったその一族の結末に。
家族を失う悲しみを…自分がそれを癒せるとはイルカは到底思ってはいない。

けれど少しでも包んでやりたかった。

その孤独を、絶望を。
この先も、望みをもって生きていけるように…。
けれど所詮一介の教師には出過ぎた事だったのだろうか。
自分ごときには…無理な事だったのだろうか。

しゅんとうなだれるように顔を俯かせたイルカに少年は痛みを覚えるような顔をして、ごそごそとポケットを探り一本の鉛筆を取り出した。
「だから…もう少し埋めるのはまってくれ。今から書くから」
はっとイルカがそちらを見遣ると器用に、樹の幹を利用して何かを書きはじめていた。

イルカは嬉しくなった。
なぜ今そんなものを持っているのかと言う理由を考えれば自然と。
きっと何度も…他の子供達と同じように…何を書こうか迷ったのだろう。
それがここまで彼に筆記用具を持たせる事となった。
あまり手の内を見せようとしなかった…心を開こうとしなかった少年が。

…こんな小さなことでも…きちんと考えてくれてる。
こんなにも…嬉しいもんなんだな。

イルカはにこにこと笑って少年が書き終わるのを待った。


そうすると、穴うめをしている生徒達の間から声があがる。
「せんせーーーー!おわったーーーーー!うめよーーーーーぜーーーーー!」
元気な子供が跳ね回りながらこちらに走ってくるのが見える。

そろそろ本当に封をしなければならないようだ。
もう書き終わるだろうかと少年を促す。
「お。終わったみたいだな。サスケ?どうだ?」
「…もうちょっと…」
「ん、みんなには待ってもらうか…」

鉛筆がするするとうごいて…かりかりと文字が、綴られていく。

だがふと、見上げた瞬間イルカは気付いてしまった。
少年の表情が苦しそうなのが。

何かに耐えるような、ゆがめられた眉がイルカの心を刺す。

そんな表情を…させたくなくて。
イルカは思わず、少年に声をかけていた。

「サスケ?」

「…終わった」
呼び掛けた瞬間にも、少年は鉛筆を離しさっさと紙を元の形に折り畳んでゆく。
そして俯いたまま、イルカに差し出した。

「…叶える。絶対に」

受け取ろうとした瞬間に呟かれた言葉。
じっと見つめれば、少年は漸く顔を上げた。
その表情には不安はなく…強い意志が宿っていた。
自分と同じ真っ黒な瞳に…静かに燃える決意をイルカは見た気がした。
けれど…揺れる深い悲しみも。

「…確かに」
静かな決意を称えた小さな紙片を受け取って、イルカは微笑んだ。
「サスケ…夢は叶えるもんだが、無茶をしてまで叶えるもんでも無いぞ…」

そう、そんな思いつめた顔をして、いつまでも塞がることなく鮮血を流し続けるような、心に傷を増やして迄。
いやそれはもう夢では無い。
ただの…妄執だ。
そんなものを追っていれば、行く先は見えている。

「…無茶をしてでも。叶える」
そういうと少年は踵を返して、皆がいる所とは正反対の方向に歩いていってしまう。
もう既に授業の時間はとっくに終わってしまっているから、帰宅してもとがめられはしない。
けれど、イルカは少年と箱を埋めたいと思っていたから。

「さす…」
呼び止める為にもう一度少年の名前を呼ぼうとすれば、感発入れずに金色の子供が腰にどんと言う衝撃と共に絡まりついて来た。
「せんせーーー!!何してるんだってばよ!早く〜うめよー!うめよー!!」
「お…おお…」
ぶら下がる子供を落ちないようにと手で支えながらも、去っていく少年の背から目が離せなかった。

振り返りもせずある歩いていく孤独な背。

子供が腰に絡まったまま、イルカの見ているものに気付いたのか声を掛けた。
「…せんせ?っておいサスケ!!どこいくんだってばよ!埋めねーのかよ!!」
その声も無視しその背中は、あっという間に校舎の中に消えていってしまった。
「ちぇーなんなの?あいつ…むかつく…」
ぶつくさと唇をとがらせ、むっつりとしている子供の顔は寂しそうで。
言葉とは裏腹に、一緒に夢をうめられないことをとても悔しがっているように見えた。

なんだかんだいって…お前達のほうが解りあってるみたいだな…。
子供同士のことは子供同士のほうが…よく解ってるよな…。

「…まあ、そういうな」
その柔らかな毛ををぐしゃぐしゃと掻き回してイルカはいった。
頭は黒髪の少年のことで一杯だったが、それをなんとか頭の隅においやって。

「埋めるか」

そういって立ち上がり、子供の手を引いてイルカははやくはやくと大声でそれぞれに急かす、小さな穴の…子供達の元へ向かった。







「夢は叶える為にある…か…」

あれから、もう2年もたった。

子供達はアカデミーを卒業してゆき、イルカ自身がその思想の上で彼等の上司とぶつかることもあったが…イルカの心配も杞憂に、立派に忍者として育っていった。

けれど、たいして時間も立たずに…闇にうごめく者達の所為で三代目は没し。
里は混乱に陥り、アカデミーも休校となり…任務に終われ、忙しく過ごす内に五代目が立った。


目まぐるしい変化。


金色の一番の問題児はあっというまに実力をつけ…火影になるという大きな目標に恥じない心と力を身に付けた。
…上忍師のカカシの手をも離れ。
三忍と呼ばれる偉大な人に師事し、修行のため…今やこの里にはいない。
子供の力を信じて…笑って送りだしてやることがイルカに出来た精一杯のことだった。

短期間の間に随分と里は変わってしまった。

全てを求める凶悪で大きな力は…まだまだ小さく未熟な教え子達を容赦なく巻き込んでいった。
そして…その混乱と共に、無口な少年は里を去った。
力を求め、仲間を…友を裏切って。

あの時…あの小さな紙片を受け取った時から…そう少年の決意を見て以来。
いつかこうなるのではないかといった危惧は実の所ずっとあった。
けれど、それでもあの子供は大丈夫だと感じていた。
いや自分に言い聞かせている節があったのかもしれない。

きっと大丈夫だと。

イルカとともに笑いあったこと。
金色の子供と何度もぶつかりあったこと。
その度に生まれた信頼や、認めあう心。
少年を想う少女の決意を見たこと。
上忍師の男と共に過ごし、つけた力や忍びの心得。
しっかりと前をみて、歩き出そうとしているその姿に。
少年の中に確かに何かが生まれはじめていたと、そう感じていた。
憎しみだけではない何かが…
少年を救うのだと。

きっと少年は闇から抜け出すことが出来るのだとそう思っていた。

いや、願っていた。

けれど少年は里を去った。
ただのなれ合いでは力を求めること等…出来はしないのだと。
少年が里を去った後…その背を追い掛け、連れ戻すことに失敗したのだと涙を流し、自分ではとめることが出来なかったとひたすらに己を攻める子供を抱き締めて、違う、お前のせいではないと一緒に泣いた。
それは自分にも…その悲惨さに目を背け、見ようともしなかった里の大人達にも…言えることだったから。
少年の為にも、全てを守る為にも強くなると決意した子供に、イルカはたのんだぞとその背を押した。


少年の心の闇は深く。

癒されかけた心も、仇とした兄との接触でいとも簡単にその燃える憎しみを再び芽吹かせた。
そのあせりはライバルとも思いもしなかった少年への急激な成長へと向き。

何か出来たことはなかったのだろうか?
少年をとめることが出来なかったと言う…無力感がイルカを攻めたけれど、あの決意はそう動かせるものではなかったのだろうと今でもあの時のことを思い出す。

あの瞳に込められた、決意と憎しみと悲しみ。

つらかった。
それを糧にしか生きられなかった少年を思えば。

だが一縷の望みはあった。
上忍師の男が言ったのだ。少年は金色の子供を殺すことが出来たのにそうしなかったと。
それは希望だった。
力を求め、どす黒い憎しみを昇華させる為には手段を選ばなく…ならざるえなかった少年のその最後の情。本当は里を、友を愛したかった少年。

イルカは遠く火影岩を見つめ、里に吹く風を胸に吸い込んだ。

愛すべき里。

俺たちの守るべき者達。帰っておいで。
いつでも、待ってる。
未練を辿って、ここまで帰っておいで。

復讐心に焼き殺された、可哀想な小さなその仲間を、友を想う心を救ってやってくれ。

どんなことがあっても…味方でいる。
お前は愛されているよ。沢山の仲間達に。

だから。


「帰って、こい」


ぽそりと口から溢れた声は、青く澄んだ…空に吸い込まれていく。
同じ空の元、同じように…見上げてくれていたならば。
この声が、届けばいい。


届いて欲しい。

そんな掛替えのない…未練を残したまま…未来に進むのは辛いだろう?
小さな未練を叶える為でいい。




戻っておいで。


見上げた空は相変わらず、深く澄んでいて雲一つない。
イルカは目を細めて、それを飽きることなく見つめていた。

そんなイルカの小さな願いを届けてくれるように…一陣の風が谷の間をかけていった。



200509 了



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