「キューピッドは黒いアレ-2」



カカシ率いる第七班にイルカからの依頼が舞い込んで来たのはその週の終わりの昼過ぎのこと。

「本日の任務はうみのイルカ宅の害虫駆除…」

読み上げられた任務にカカシの目は点になる。
普段からまあ点といえば点なのだが、くわえて真ん丸になった、まるで豆鉄砲をくらった鳩の様に。

いやまあ…こうなることは…ある意味予想の範囲内ではあったのだが。
あの黒いアレは一匹いれば三十匹は確実にいるものらしい。が、それはあまり歓迎できた事ではないから駆除をしなくてはならない。
しかし自分ではその姿を見るだけで気絶してしまい、駆除もまともに出来はしないのだから他人に頼むだろう事は充分に予想が着く。
まさかそんな任務に迄して…内勤の中忍の少ない給金を使って迄やろうこととは、思ってもいなかったのだが。

しっかし…よりにもよってなんでうちの班に回ってくるんだろうか…

あれからなんだか仲良くする為の努力と言う名のやる気をなくしてしまったカカシは、気絶したイルカをほおって帰ってしまったと言う …薄情者のレッテルをはられていやしないかと。気まずいなあと思うところもあって…イルカの家を訪れていなかった。
なんとなくタイミングも悪かったのだろうか、この一週間、親しくする前迄は唯一の接点であった受付でも会うこともなかった。
まあ…これで終わりなら縁がなかったんだろうとカカシは思っていた。
気になっていたと言ってもやはり大した事はない…あっさりと興味をなくすような…その程度の興味だったのだろうと。

そう思っていたのに。
このタイミングはいったいなんだというのだろう?

ははははは…まったく…なんだってんだろうね〜運命ってやつかね…
読み上げられる内容はまるで頭に入ってきていないが、笑える事に大方の事情はわかっているから別にどうでもいい。

イルカ先生の依頼!?
部下の三人達は眼を丸くして驚いていたが、すぐ嬉しそうな顔になるのが眼の端に見えた。
サスケ迄…おうおう…よろこんじゃってるよ。わかりにくいけど。
たったこれだけの事でも如何にイルカと言う男が子供に好かれているか解ると言うもの。
ナルトには特に目を掛けていた事は、端から見ても良く分っていたが。
他の子供達にも惜しみない愛情をそそいだのだろう。
敏感で多感な子供達にこんなにも…好かれているなんてよっぽどの好人物か悪党か。
イルカに限っては、企みなど到底出来ない人だとは確信出来るし。
だからこそ…惹かれたのだろうけれど。
最後迄その任務内容を聞いた所によると、イルカはアカデミーをこの為に、一日だけ休んで家で待機しているらしい。

「はやくいくってばよ!」

カカシ対第七班は任務の為…依頼人の待つ目的地に向かった。









部屋の目の前に立ち、飛び跳ねてはやくはやくと喚く部下をしり目に、こんこんと扉を叩く。
随分と久しぶりのイルカの家だ。
ナルトに負けず劣らずなんだか、心無しかうきうきしているような気がする。
「にししし!イルカ先生驚かせちゃうってばよ!」
そういってナルトがにこにこしながら、わくわくと顔を輝かせて戸が開くのをまっている。
馬鹿!何いってんのよ。これは任務なのよ、先生はお客さまなんだから!粗相はやめなさいよ!
サクラがそうナルトに小声でたしなめているがまるで耳には入っていない様だ。
やれやれ…ほんとお前はイルカ先生が好きね。そのストレートな感情がある意味うらやましいよ。 
このウスラトンカチ…きっとイルカに飛びつくだろうナルトを押さえる為か、いつもの決まり文句を囁いたサスケがナルトの袖を引っ張ろうとした時。

「はい?」
聞き慣れた柔らかい声で返された返事に、カカシは鼓動が早くなったのを誤魔化すように、任務で来訪した事を告げた。
そうするとすぐさまがちゃりと戸が開いていつもの黒いしっぽが一番に見えた。
「よくいらっしゃいました!任務ごくろうさま…って…え?」
「いるかせんせー!」
戸のノブを持ったまま驚きに固まるイルカの腰にがばりとナルトが巻き付く。
「なっナルト!?じゃ…今回の任務についてくれるのは…七班なんですか!?」
ぎゅうぎゅうと締め付けて頬を擦り寄せるナルトを、ものともせずイルカは開き掛けの戸を更に開けた。
驚きの表情が徐々に嬉しそうに綻んでいくのが良く解った。

そんな表情にカカシもつられてにこにこと笑ってしまう。
そうね…偶然にしちゃ出来過ぎてるよね。でもほんとなんだよね、これが。
一向にイルカの腰から離れそうにないナルトに苦笑しつつ、何故かサスケと一緒になってひき剥がしながら、
「ええ、…そうなんです。ま、精一杯頑張りますので…」
と任せなさいとばかりに微笑めば。
「…そうですか…よろしくお願い致します!」
真面目な顔でぺこりと下げられた頭にカカシはさらに苦笑した。
会えたら会えたでやっぱり嬉しいのにはちょっと笑える。

やれやれ…なんだかねえ…。

「それじゃーお邪魔するってばよ!」
ひっぺがされたナルトはぶーぶーと不平を垂れながらも、どかどかと慣れた様子でイルカの家の中へ入っていく。
カカシはやれやれと頭を掻きつつもそれに続く。どうせ同じ穴のムジナというか…既に上がり慣れた家だ。

「…カカシ先生も…なんか随分慣れてる…感じね…イルカ先生の家…」
後ろからサクラがそんなことを囁いているのが聞こえたが、対抗するように、
「俺だって何回かきてる…」
とサスケが呟いた。それにイルカが
「そうだなー3回ぐらい来てるか?またサクラもおいでな!」
などと誘いを掛けているのになんだかカカシは面白くない気がしたが、振払うようにして一週間振りである居間に入っていった。
取り合えずと出された茶を啜りながらカカシ達七班はイルカの演説を聞く羽目になって居た。

認識から変えないと奴らには立ち向かえないらしい。

「あいつらは悪魔です…世界の敵ですよ!」
イルカは必死に言いつのる。
「あいつらをほっておいたら世界は滅びるんです!きっと!!」
だがカカシには…ええと天然ぼけ?この人としか思えない。
世界の命運迄でちゃったよ。 おい。
ノスト○ダムスの大予言は黒いのがふってくることだったのかしら、これ。
横でうんうんと大きくサクラは頷いている。まあ…オンナノコなのだからアレを嫌うのは必然と言うか当然と言うか。

「悪魔ですか」
と軽く相槌を打つと
「そうなんですよ!あんなもんは滅ぼすのが吉です!」
と拳を握って力説している。
「イルカ先生のテンションがすげーってばよ…やばいかも…アレが出るかも…」
ぼそりとナルトがとなりのサスケに耳打ちしている。
あれってなんだろう。そう思いつつちらりとサスケに眼を移すと。
「……」
サスケは押し黙ったままイルカの話を真剣に聞いていた。
…こいつも大概イルカ先生ファンだな。真面目にきいちゃってまあ。

カカシはため息をついた。
これが終わるまでここから出られないのだろうか。
話なんて聞かなくてもいいからとっとと終わらせてしまいたかった。
こんな…ナルトじゃないけれどつまらない任務。
任務の終了はゴキブリが死滅するまでってことだよね?けど…この家から?
こんなぼろアパートじゃここの部屋だけやったって仕方ない気がするけどなあ…?
全部の部屋をやんないとね…でもそれは任務内容に入ってないしね。
やっぱりこの人抜けてるよね…つか住居を別の場に移す事が一番良いんじゃないかなあ…
あとゴ○ブリホ○ホイっていう人類文明の利器があるんだからさ…それつかえばいいじゃない…
そしたらごっそりとれるだろうに…んでポイ捨てしたら…あ…
音を聞いて顔面蒼白…見た途端気絶するんだから…無理か。

なんて思ってイルカをぼんやり見ていると
「カカシ先生、ナルト、サクラ、サスケ…いいですか…兎に角俺の話を聞いて下さい。アレは俺が下忍になり立ての時です…」
イルカはますます真剣な顔をして語りはじめた。
何故かカーテンは昼間だと言うのにしっかりと隙間なく閉まっており…明かりも三段階ある中の二番目めなものだから部屋は薄暗い。
何かでそうな雰囲気はばっちりだ。
途端ナルトが抜き足差し足で逃げ出そうとしたのを、イルカはさすがは中忍といえるような素早さでがっちりひっつかんだ。
そのまま自分の腕に抱き込んで何ごともなかったのかの様に話し続ける。

彼の身の毛もよだつ(らしい)恐怖体験が語られるのだ…!


一同は息を呑んだ。


それはエピソード1から始まり。

えんえんと回を重ねていくとゆうに2時間を超えた。イルカ宅についたのが1時当たりだから…もうすでに3時をまわっていることだろう。
かちかちと音を立てて回っていく古めかしい時計の秒針がやけにリアルに耳を刺す。
イルカの話を聞いているうちに。カカシもだんだんあの黒い物体に嫌悪を抱きはじめていた。

兎に角イルカの話はすごかった。

ってゆーか見るのも嫌ならこんな話をえんえんとすんな!!とおもうくらい詳細に、おどろおどろしく。
絶対わざとだろうとしか思えない程に。
なにせぼろアパートであるという雰囲気もばっちりで、その元凶を見た事があることがあるカカシにとっては今にもイルカの語ったエピソードが起こりそうで気が気でなくなってきた。

鳥肌がぼろぼろたつ。血の気が引いていく。

これを統べて経験したと言うのなら…見ただけで失神したのも頷けてしまうのだ。
壮絶な黒い悪魔との戦いである。いや一方的にイルカは負けているのだが。
サクラはエピソードの一話目で真っ青になって口からアワを噴いて失神したし。
サスケも途中で席を辞して…どうも一度吐いてきた様だった。(それでもまだ聞こうとするあたりイルカへの執着というか尊敬っぷり…が伺える)
ナルトはイルカにがっちり抱えられながらも、しっかり耳を塞いでもう聞きたくない聞きたくないを連呼している。
イルカと一番長く深い付き合いをしているナルトだ。きっとこの恐ろしい体験談を何度も聞いた事があるのだろう。だからもう二度と聞きたくないと逃げ出そうとして…失敗したのだ。

しかしカカシとしてもこれ以上はヤバい気がした。
最後迄聞いてしまったらどうなるか…見当はありありとついた。
これでは任務であの黒いものが出てきたら子供達は使い物にならなくなってしまう…当然…自分も含めてだ。
敵を前に高々この黒い物体のせいで気をとられ…命を落とす事になりかねない。
そんなことは…忍びに…いや人間としてあるまじきことである…ような気がする…。
止めなければ…本当にあの物体が見るのも駄目になる前に止めなければ…!部下達の為にも!

取り合えず大義名分を脳裏に描いたカカシはエピソード36に突入しようとしたイルカを
「イルカ先生もういいです!解りました!恐いです!滅ぼしましょう!ぜひともっ!」
と上忍の持てる力を振り絞り、とうとうと語る口を瞬時に塞いでとめた。
言葉をせき止められたイルカはもごもごと口を動かしてまだしゃべりたそうにしている。

まだまだあるんです!あと64ぐらい!
くぐもる声で言うイルカに百物語ですかっ!とカカシは心の中で突っ込む。
ある意味幽霊や妖怪より余程恐いし質が悪いって!!

もう聞きたくないとばかりにぎゅうぎゅうと手を押し付けてイルカの口をますます締めてしまう。
うーうーとイルカが苦しそうに唸っているのと「カカシ先生やめろってばよ!イルカ先生死んじまう〜!!」とナルトが喚いているのにようやく気付いて慌てて手を離した。
イルカは鼻から息を吸うのさえ忘れていたのか、酸欠になったのかぜーぜーと息を吐いて整えているのが見えた。

「わわ、すみません!つい!」
しまったやり過ぎたと焦って背中を擦ってやるとイルカは弱々しく微笑んで、
「解って頂けたようで…うれしいです…」と息も絶え絶えに言った。


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