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近頃イルカの家に入り浸っている上忍は、今日も夕飯を一緒に食べる為にその場所に上がり込んでいた。
初めからこういった仲良しこよしであった訳ではもちろんない。
只の…現在のカカシの部下であるナルトを介して…知り合った程度の先生同士。
ほんの知り合い程度だったのだが、ナルトのことをお互い話し合いたいと飲みに行くことを約束したのが、それがきっかけだった。
それから呑みにいったり、受付でも良く話をしたりといった本格的な付き合いがはじまったのだ。
何度も…両手の指では足りない程呑みにいった位の時のこと。
…イルカが月末で金がないからと、カカシを自分の家に招いてきた。多少驚いたものの…店で呑むよりは余程くつろげるかとそれを快く了承し、招かれるままにイルカの家に足を運んだ。
大したものは出せませんが…そういいながらも出された献立はなかなかのものだった。
イルカのその無骨な外見からは…料理などまるで出来そうにないと思っていたが、なにがどうして…結構な腕前だったのだ。
見た目はお世辞にもあまり良いとは言えないが…きちんと栄養バランスも考えてありそうな豊富なメニューで。
うわー凄いですね!?旨そうだなあ…イルカ先生こんなに料理上手なんですねえ、と世辞無しに誉めれば
小さな頃からやってきましたからまあある程度は、と鼻の上の傷を掻いてはにかんで照れていた。
イルカは謙遜するが、男の一人やもめで、これぐらい出来れば充分すぎる程だろう。
頂きますと箸をとって食べてみれば、それは家庭的な味で、とても暖かみがあって旨かった。
ナルトがイルカの家に、しょっちゅう泊まりたがるのも良く解るような気がした。
それ以来カカシはイルカの夕食を時間の許す限り食べに通っていた。
たまにナルトやサスケも加わったりしながら、それは賑やかな夕食で。
一人で食べるよりずっとおいしいですね…そうイルカが言った時に確かにと思ったものだ。
イルカと食べる食事は一人で食べる、いつもよりずっと旨く感じたのだから…。
らしくもなく。
積極的にカカシから近付いたのがうみのイルカという男だった。
それまでは自分からモーションをかけるなどもってのほか。面倒なのはごめんで…女だろうが男だろうがなるべく人を近付けないようにしてきていたというのに。
何故だか解らない。こんなに自分が積極的になるなんて思いもしない事だった。
今迄自分の側には居なかったタイプだから珍しいだけかも知れない。
だが側に居て居心地がいいのは確かだった。
子供の事を事細かに話してやると嬉しそうに笑う。
ナルトの失敗談を聞いている彼は、はっきりいって見ていて飽きないアクションを繰り返す。
この前などナルトが崖から落ちそうになった事を、さわりの部分だけ語ったら、イルカはなんですってと身を乗り出し。
勢いあまってつんのめって、ちゃぶ台の上をダイブして茶を盛大にこぼした挙げ句、カカシの腹に顔からつっこんだ。
眼を白黒させているカカシの腹から顔をあげたイルカを…、さぞかし焦っているだろうと思って見てみたら。
焦っているどころか…胸ぐらを掴まれて早く続きを!と真剣な眼で強請られたのは記憶に新しい。
おもちゃみたいでもあるよね…このひと…
幸せそうに飯を口に運んでいるイルカを見ていると自然に口元に笑みが沸く。
御飯粒を口の周りに沢山付けて、頬張る姿がまるで…リスのようだと吹き出してしまい、止まらなくなってしまう。
きょとんとしたイルカにひーひーと涙目で…ついてますよ?と自分の頬に手をちょんちょんと当てて示してやれば、真っ赤になって、必死に何も付いていない反対側の頬を擦っているのにまた笑った。
本当に可愛いっていうかなんていうか…!
ことの他気に入っていたのだ。
今日のこの日迄は。
飯をたらふく喰い、満足してのんびり一緒に茶を啜っていた時だった。
いつもの様にありきたりのバラエティーをだらだらと見て、相槌を打ちつつ馬鹿笑いをしたり。
アイドル番組のプール大会とか…でちょっとした猥談を同性の会話らしくしてみたり。
いつもとなんら変わらない風景だった。
が、
居間の隅からとてつもなく分りやすい、かさかさという音が響いた。
まあ古い家に住んでいる人なら…飲食店経営であれば…北の国生まれでなければ…一度は聞いた事がある音だろう。
だがそれはそれは小さな音のはずだった。
テレビに掻き消されて耳に届かない程の。が、悲しいかな…忍びの鍛えられた耳はそれを拾ってしまった。
「ひっ!!」
小さく上げられた悲鳴。
途端イルカの顔の血の気が凄い勢いで引いていくのをカカシは目の当たりにした。
普段から表情が明け透けなイルカではあったが、その時はいつもにまして…さらに輪をかけた変化だった。まさに擬音を付けたらざあっとでも言いそうな程の。
蒼白になった顔もその表情も…凍った身体もぴくりとも動かない。
え、まさか…この人…!?
カカシがうそだろと思った瞬間にも、イルカがおそらく…凍ってしまった原因だろうものがその姿を表した。
案の定というか…物陰から現れた…黒く光る物体…
…ゴ○ブリだった。
「☆゚・*:.。. .。×○…※!?」
イルカは訳の解らない奇声を発して昏倒した。
ごっと起てた鈍い音が痛々しい。拳を握りしめ、倒れたまま初めに固まった姿のまんまで、ぴくりとも動かない。
「………まじ……?」
突然のことにカカシは驚き…呆れることしか出来なかった。まさに嘘だろ…としか思えない。
何かのギャグなんだろうか…これ…?
そう思ってもかさかさと目の前を横切っていく物体はそのままだし。
凍っているイルカも現実でしかない。
本当に忍びなんだろうか…、この人。これよりもっと凄いものが沢山いるというのに。というか任務でももっと凄いのみてるだろう…
小さな赤ん坊くらい程ある蛭とか、演習の森にも居る人以上ある大むかでなんてもっとグロテスクだと思うのだが。
…なんてお気楽な。第一ここ自分の家でしょうに?駆除くらいしなさいよ…
ぼんやりと開いた戸の間から見える、台所の壁を這い回るそれを横目で追いながらカカシはしみじみ…思った。
そうしながら気配はまるでたてずに、テーブルの上に立ててあった楊子をぴっと掴み、動き回る気配を狙って瞬時に投げつける。
真直ぐに飛んだ楊子は、カサカサと動いているそれのど真ん中にぴたりと命中した。
確かにそれの断末魔がカカシの耳に届く。のっそりと動いて戸を開け放ち、近寄って其れの最後を見届けた。
…ぴくぴくと最後の痙攣をしているそれは確かにグロテスクだ。
てらてらと光る外見も…長い触覚も…まあ好きにはなれない代物ではあるし、女ならこれを見ればキャーキャーいって逃げまどったりするのだろうが。
けれど大の男がぶっ倒れる程のものではないだろう。
こんなもんごときで……貴方、女じゃないんだから…
いや女だってぶったおれはしないだろう。たかだか見たぐらい…その音を聞いたくらいでは。
所詮は弱い生物であり、叩き潰せば終わりだ。人間と違って呆気無くもろいのだ。
いや人間とかわらずか…
そう思いながらカカシは倒れ固まったままのイルカに近寄って凄い音をさせ打ち付けただろう、頭を見てやる。
…気絶してるだけ。怪我とかないよね。ちいさなたんこぶは出来たみたいだけども…
酷く打ち付けたといっても所詮は柔らかい畳だし、内出血もないだろう。
中忍のくせにどんくせーというかなんというか…
はあと一つため息をつくとイルカがうん…と悪夢でも見ているかの様にうなりだした。
顔面蒼白で脂汗を流し、うんうんと唸っているイルカをひょいと横抱きにして寝室に向かう。
何回か酒をのんで泊まった事がある部屋だ
。勝手知ったるなんとかというやつだろうか。
とさりとイルカを寝台に下ろし布団を掛けてやるとカカシは踵を返してイルカの家を後にした。
*
変な人とは思っていた。およそ忍びらしくない男だと。
自分の家迄の道のりを駆けながらカカシは思う。
なんか…幻滅というかなんというか。
ここまでとはねえ…
今迄イルカと一緒にいて…苦笑を噛み殺した場面は山盛りにあることはある。
けれど今回は最たるものだ。
カカシは男はやはり男らしくあるべきだろうと柄にもなく思っている。わりと古いタイプの男だ。
おかまとか男色とか…そういうのには至極気色悪いものとしか映らないし。
まあ、本人の勝手だとは思うし否定はしないが、絶対に近付きたくはない。
忍びに性別は関係ないとは思いつつも、やはり女性には本来…優しくあるべきだと思っている。
多分イルカも同じタイプだろうと思っていたのだが。
男らしい…どころかあの黒いものごときで昏倒するようなタイプであろうとは。
女々しいって言うかなんていうかなあ…
何故か気になって仕方なくて。
ついついらしくもなく仲良くなる為に家を訪れたりしていたけれども。
これ以上つきあっていくのも阿呆らしい気がしていた。
ゴキブリごときで昏倒する中忍って…今どきいるか…?
いやいない(反語)
…あほらし。
カカシは考える事をやめて地面を蹴る足に力を込めた。