「いーるかせんせっ!やっぱり一楽にいらっしゃった!さすが一楽の妖精〜」
「…カカシ先生…」
のれんを潜り、らっしゃいとテウチに声を掛けられながら…にこにこと迫って来る…いつものお決まりパターンに。どう言う意味だと普通なら突込み所満載の台詞を吐きながらやってくる。そんなカカシに、挨拶さえ出来ない程…すっかり憔悴しきっているイルカの声は覇気がない。
塩に揉まれたキャベツのようにすっかりしおしおになっている。
そりゃここのところ同じ事ばかりをひたすらに…考えに考えているから睡眠なんて殆どないも同じだった。いや、そのことを考えれば考える程目が冴えて眠れないのだから仕方がない。
横にちゃっかりと座ってくるカカシにも何もいう事が出来ない。
そりゃあ…たしかに告白したのはイルカの方だ。
カカシのナルトを想う…真摯な思いに触発されて。
だから『ちゅう』を求められて、いやなんだと。今さら夢見る乙女のようなことをいっているのはどうかと思うのだ。
…思うのだけれど。
なにか違う。
違うのだ。初めはナルトのことをきっとそう言う意味で好きなのだと思っていたけれど…どうもちがう。
何がチガウかとつっこまれると返答に困るけども、兎に角違うのだ。そこらの違いを根本から勘違いしているイルカはなかなか気付けない。
カカシのナルトへの想いがそっち方向だったのと、その印象が強烈すぎだったのと…素晴らしい思い込みといろいろなものが要因となり、今のところに落ち着いたのだと言う事実にはイルカは気付く事が出来なかった訳だったのだが。
うんうんと唸っているイルカの横顔をじっと見つめていたカカシが、きょとりとして不思議そうにこちらを見遣ってくる。
「ねえ、イルカ先生何をそんなに悩んでるんです?貴方らしくないですよ?いつものようにナルトを追っかけまわしたらたらどうなんです?」
「…その台詞そっくりお替えし致します…」
あっけらかんと言っていってさらに顔をぐいぐと近付けてくる、カカシの顔を腕で遠ざけながらイルカは変な顔をした。寝不足でぼろぼろだったからかなり変な顔だった。まあそれもこれも…このカカシの行動の意味がとにかく良く解らないからだ。天然はどこまでも鈍かった。
近頃のカカシはちょっと可笑しかった。
ちょっとまえにナルトを好きだと言った癖に、あんなにも強烈なアプローチをナルトにしていたくせに…突然イルカを好きだと言い出した。
実はあんまり突然でもなかったのだが、その時はカカシにも自覚がなかったし、イルカもアウトオブ眼中だったから仕方がない。
カカシ先生はちょっと可笑しくなってしまったのだろうか。ナルトが俺なんかと付合う事になったから。
そう思うと非常に申し訳ない気がしたのだが、自分とて正々堂々といったのだから譲るなんてことはできるはずもないし。
初めてのカカシから誘いが掛った時…なんだかきらきらしながら声を掛けられた時に…そう思った訳なのだが。
それからのお誘いも丁重にお断り、冗談はよして下さいとのらりくらりと避けてきた。
きっと一時の気の迷いなのだと思っていたのだ。
だが、ほんの数日前に…呼び出されて、真剣な顔で好きだと言われた。今までの良く解らない行動を統べて吹き飛ばすくらいのきちんとした告白だったから…さすがに無視するわけにもいかなくなってしまった。
それでも…当然ながらカカシのふざけたジョークなのだと、良くまわらない頭はそんな結論に辿り着いた。
丁度ナルトにキスを迫られたその直後のことであったから、カカシがちゃんと目に入ったし、言っている事も理解出来たが…やはり頭は混乱していたのだ。
けれど、今のイルカにはナルトの話題はやはり非常につらい。
ナルトのことでなやみまくっているイルカにはつらいのだ。
いっその事、自分の思考にすごく邪魔だからナルトのとこにいってくれないかなあとか思ってしまうくらいには。
「ははは、そう言われちゃっても仕方ないですけどね。でも今の俺はイルカ先生ひとすじなんですから。信じて下さいよ」
「…俺なんかといても面白くもなんともないでしょう…?ナルトがいるなら兎も角…」
「いいええ?うれしいですよ?貴方が独占出来ますし、ね」
「…カカシ先生熱でも有ります?」
ここ最近に何度もされた会話を又繰り返す。だが、こういう不毛な会話が今のイルカには非常にきつい。
「…いい加減にして下さい…いくら俺とナルトが付合う事になったからといって…こんなことは不毛だと思います…好きでもない相手を追っ掛けまわして、からかって…」
ため息まじりのそれは偽りならざる本音だ。
…カカシには感謝している。うじうじしていた自分に、ふんぎりをくれた相手だ。その思いの強さがうらやましいとさえ思った。…なのに、今はどうしてイルカになど付きまとって冗談ばかりいうのだろう?あんなしっかりとした思いを持っていた…男に、はっきりいってそんな尻軽のような女みたいな事はして欲しくなかったのも本当だった。
「…貴方のナルトへの思いはそんな簡単なものじゃないでしょう?…そりゃ…俺だってもしかしたらナルトへの気持ちを…なにか勘違いしていたのかもしれませんけど…」
「…そりゃあ…どういうことです?」
ラーメンの汁をすすっているイルカは、その真剣味を帯びたカカシの声を旨く拾う事は出来なかった。
「どうも…なにも…俺の気持ちは親のようなものでしかなかったかもしれないと…その…ナルトにキスを迫られて思ったんです。どうしてもなにか…ちがうんですよ。ナルトとはそういうことは出来ないって…すごくおも…」
がちゃんと食器の荒々しく置かれる音で、イルカは顔を上げた。
「!?」
目の前にはカカシの真剣な顔。唐突にずずいと近付いてきたその顔にイルカは硬直した。しかもいつのまにやら…腕をがっちりつかまれ、固定されてしまっている。逃げようと思っても、ここは店の端の死角。迫るは壁で…どうしようもない。何時になく真剣な顔の、カカシになにか地雷を踏んでしまったのだと、さすがに鈍いイルカも気付いた。
「簡単に、いいますね?」
「…は、はあ?か、簡単って…」
先ほどまでにこにこ笑っていた男が放っているとは思えない程の空気にイルカはたじろぐ。
だがすぐについとひとさしの指の腹で、唇を撫でられた。正確には唇についていたラーメンのスープを拭われたのだ。カカシの指で。
「!?!?」
ぎゃーーーとイルカは心の中で雄叫びを上げた。なにしたんだこの人は!!男にやることじゃねええええ!!
硬直しているイルカの前でさらにカカシは信じられない事をした。その指のスープを舐めたのだ。べろりと。
このときのイルカの心象風景はえらいことになっていた。
べたりと限界まで背に張り付いた壁が憎い。そんなイルカにカカシはにこりと笑った。イルカの気も知らないで、にっこりと。
「なななななあ!何するんですっ」
なんとか絞り出した声は綺麗に裏返っていた。だが、声を発する事が出来ただけでも…ここは凄いと誉めてあげたいところである。
だが、カカシの口から飛び出したのはもっとわけの解らない…今のイルカには宇宙言語に近い言葉だった。
「ああ、すいません。おいしそうだったから…つい。…んで、ついでにいえば…欲情しちゃったんですよね今、貴方に」
にっこりと笑った顔は先ほどと同じでまったくそのままだった。
「はああああああああ?!ちょ、ここを何処だと思ってるんです!」
取り合えず常識の塊と呼ばれるイルカは、当然ながら常識を吐出した。それ以前の問題ではあったのだが。
「…おれは本気で貴方が好きなんですよ?…欲情とか当たり前でショ?場所も選べないくらいなんですよ。まじで。こんな真剣な俺の気持ちを…信じてなかったのは…貴方じゃないですか」
「し、信じられる訳ないじゃないですかっあほか!あんな散々ナルトに迫っておいてっ」
「ええ、まあそこんとこは…自分でもびっくりしてますよ。でも俺の気持ちはこういうことですから。これも恋情のひとつでしょ?」
どこをどうしてそうなったとか、なんでそんなに話が飛んでるんだよとか思っても…すっかり追い詰められてしまって身動きなど出来ない。そんな所に…ぐいと足の間に膝が割り込まれ…イルカのひざ頭のあたりに当たる…押し付けられた股間が熱いのはなんでなのだ。
…ほ、本気。
カカシは本気なのだと言う事が解ってしまってイルカは焦った。そう、なにより場所が悪過ぎた。取り合えず…何がなんでも場所は変えなくてはならない。
テウチさん!お願いだから興味津々の目で、こっちばかり見ないで下さいっ!
限界とばかりにイルカは渾身の力を振り絞って、カカシの手を降り解き立ち上がった。
「おやっさん!うまかった、ありがとうお代はここにおくな!おつりはいらねーからっ」
そういうと物凄いダッシュで、店外に走っていく。
「おう、センセイ!また来てくんな!」
焦ったように掛けられた、テウチの声もあっというまに小さくなっていく。このままカカシを振り切れたらどんなに良かったろう。
だが、中忍と上忍の差はこんなところでも如実に出てくるもので。やはり下忍と中忍の差があったように。
「イルカ先生、待って下さいよ」
案の定というか必然的に、しっかりとカカシは付いてきていた。
そして、いきなりなタイミングで(忍びだから意表をつく行動は自然と出来てしまうのだが)腕をひっつかまれ、ぽいとネコの襟首を掴んで投げられるような簡単さで…イルカは路地裏に連れ込まれた。
…状況はもう、さっきより悪いかも知れない。だってカカシの目がらんらんと輝いて、恐ろしい程に見開かれていたからだ。
「か、カカシ先生落ち着いて!落ち着いて下さい!!は、話し合いましょう!!」
前だって話し合ったらなんとかなったんだから今回もきっとなんとかなると…イルカは望みを込めて叫んだ訳だが…。
「俺は至って冷静ですよ、前よりもずっとね」
などと静かなトーンで言われてしまえばそうかと思ってしまうイルカはやはり少し頭が足りないのかも知れない。だが続けて言われた言葉に、貞操観念は少し復活したのだが。
「…貴方が欲しいんです。肉欲込みで、付合って下さい、おねがいします」
握られた手は何故かとても熱く、熱でもあるのかと言う程に汗ばんでいた。
「へっへえええええええええ!?」
こんな告白を受けてもイルカはカカシと付合うだなんて…これっぽっちも考えていなかったのだから…この奇声も仕方ない。カカシとどうなるかなんて今まで毛の先ほども、考えた事はない。基本的には至極ノーマルな男である訳だからある意味当然の反応だろう。だが今までの告白を鼻にも掛けていなかった事自体、随分と酷い話であるのだが。
第一…あんなにもナルトが好きだといっていた人が…どうしてそうなるのかがイルカには解らない。しかもこんなむさい男に欲情すると言い切ったカカシも。それを膝先でしっかり確かめてしまったのだとしても…天変地異が起きたってカカシとそういうことをするというは…無理なお話であるのだ。
「…お断りします」
随分と愁巡していたように思えたが、実はコンマ0.01以下の反応で答えたイルカだった。けれど、すぐ近くにある…カカシの悲しそうな顔にぶつかってうっと呻いた。だがここでまける訳にはいかなかった。
「お、おれにはナルトがいるんです!ですからあなたと付合う事なんて出来ません!そんな不誠実なことは…!」
先程いったこととは180度方向を変えてイルカは叫んだ。嘘も方便。いまここを無事に切り抜けられるのなら、これぐらいは許してもらいたかった。心の奥底でナルトに謝りながら、イルカは声を絞り出した。
「…キスもできないくせに…?」
ぼそりと言われた言葉にいうんじゃなかったあああ!と思うけれどもう後の祭りだ。けれど勢いと共に叫ぶ言葉も止まらない。
「な…おれは子供とキスなんてしません!」
「…ほら、それが違うって言うんですよ。好きってのはそういうのじゃないでしょ?おれはあの時ナルトとキスしたかったし、押し倒しもしたかったですよ!!」
「…んなあ…!!へ、変態!あんたナルトにそんなことしようって思ってたのかよ!」
「な!誰が変態ですか!違います!俺だってあいつが大きくなる待つつもりぐらいありましたよ、けど貴方のは違うデショ!?」
「何が違うって言うんです!」
「…大きくなったナルトとそんなことするんでしょうが」
「…ナルトとはそういうんじゃないです!!」
「あいつがそんなこと納得すると思ってンですか?」
「な…っ」
「違うんじゃないですか?肉欲を伴わない愛なんて俺は信じませんよ」
「何が違うって言うんです!」
「…大きくなったナルトとそんなことするんでしょうが」
「…ナルトとはそういうんじゃないです!!」
「あいつがそんなこと納得すると思ってんですか?」
「な…っ」
「今だってキスを強請る程に貴方を欲しがってるナルトですよ?大きくなってもそれだけで満足すると思ってるんですか?」
「あ、貴方とナルトは違います!ナルトはそんなことっ…」
するはずがないなんて言い切れたら、今こんなに悩んではいない。カカシの言葉はあのキスを迫られた日から…避けてきた考えだった。それでも…もうそれを認めない訳にはいかなくて。違和感は大きくなっていくばかりなのだ。けれどイルカはずっとそうありたいと思っていた。ナルトといつまでも、笑いあって、穏やかに過ごしていきたいと。
…いつかは自分の手許から離れていく子供を…ずっとずっと側に置いておきたいと言う自分のエゴが大きくなっただけだと言うのだろうか。ただの一方通行のひとりよがりだったというのだろうか?
「じゃあ、違うって言うんですか?この、ナルトを愛しいと思う感情は」
ずっと目を背けていた自分の独り善がりの醜い感情を直視させられて、イルカは堪り兼ねて叫んだ。ナルトを好きだと気付かせてくれたはずのカカシの言葉が酷く空しく感じられた。
「…少なくとも…恋愛とは違うんじゃないですか?肉欲を伴わない愛なんて、恋愛感情なんて俺は信じませんよ」
そんな静かな声が聞こえた瞬間、イルカの目の前を影が覆った。