「自惚れ恋愛方程式-6」


「はああああああああ?!ちょ、ここを何処だと思ってるんです!」
 取り合えず常識の塊と呼ばれるイルカは、当然ながら常識を吐出した。それ以前の問題ではあったのだが。
「…おれは本気で貴方が好きなんですよ?…欲情とか当たり前でショ?場所も選べないくらいなんですよ。まじで。こんな真剣な俺の気持ちを…信じてなかったのは…貴方じゃないですか」
「し、信じられる訳ないじゃないですかっあほか!あんな散々ナルトに迫っておいてっ」
「ええ、まあそこんとこは…自分でもびっくりしてますよ。でも俺の気持ちはこういうことですから。これも恋情のひとつでしょ?」
 どこをどうしてそうなったとか、なんでそんなに話が飛んでるんだよとか思っても…すっかり追い詰められてしまって身動きなど出来ない。そんな所に…ぐいと足の間に膝が割り込まれ…イルカのひざ頭のあたりに当たる…押し付けられた股間が熱いのはなんでなのだ。
 …ほ、本気。
 カカシは本気なのだと言う事が解ってしまってイルカは焦った。そう、なにより場所が悪過ぎた。取り合えず…何がなんでも場所は変えなくてはならない。
 テウチさん!お願いだから興味津々の目で、こっちばかり見ないで下さいっ!
 限界とばかりにイルカは渾身の力を振り絞って、カカシの手を降り解き立ち上がった。
「おやっさん!うまかった、ありがとうお代はここにおくな!おつりはいらねーからっ」
 そういうと物凄いダッシュで、店外に走っていく。
「おう、センセイ!また来てくんな!」
 焦ったように掛けられた、テウチの声もあっというまに小さくなっていく。このままカカシを振り切れたらどんなに良かったろう。
 だが、中忍と上忍の差はこんなところでも如実に出てくるもので。やはり下忍と中忍の差があったように。

「イルカ先生、待って下さいよ」
 案の定というか必然的に、しっかりとカカシは付いてきていた。
 そして、いきなりなタイミングで(忍びだから意表をつく行動は自然と出来てしまうのだが)腕をひっつかまれ、ぽいとネコの襟首を掴んで投げられるような簡単さで…イルカは路地裏に連れ込まれた。
 …状況はもう、さっきより悪いかも知れない。だってカカシの目がらんらんと輝いて、恐ろしい程に見開かれていたからだ。
「か、カカシ先生落ち着いて!落ち着いて下さい!!は、話し合いましょう!!」
 前だって話し合ったらなんとかなったんだから今回もきっとなんとかなると…イルカは望みを込めて叫んだ訳だが…。
「俺は至って冷静ですよ、前よりもずっとね」
 などと静かなトーンで言われてしまえばそうかと思ってしまうイルカはやはり少し頭が足りないのかも知れない。だが続けて言われた言葉に、貞操観念は少し復活したのだが。
「…貴方が欲しいんです。肉欲込みで、付合って下さい、おねがいします」
 握られた手は何故かとても熱く、熱でもあるのかと言う程に汗ばんでいた。
「へっへえええええええええ!?」
 こんな告白を受けてもイルカはカカシと付合うだなんて…これっぽっちも考えていなかったのだから…この奇声も仕方ない。カカシとどうなるかなんて今まで毛の先ほども、考えた事はない。基本的には至極ノーマルな男である訳だからある意味当然の反応だろう。だが今までの告白を鼻にも掛けていなかった事自体、随分と酷い話であるのだが。
 第一…あんなにもナルトが好きだといっていた人が…どうしてそうなるのかがイルカには解らない。しかもこんなむさい男に欲情すると言い切ったカカシも。それを膝先でしっかり確かめてしまったのだとしても…天変地異が起きたってカカシとそういうことをするというは…無理なお話であるのだ。
「…お断りします」
 随分と愁巡していたように思えたが、実はコンマ0.01以下の反応で答えたイルカだった。けれど、すぐ近くにある…カカシの悲しそうな顔にぶつかってうっと呻いた。だがここでまける訳にはいかなかった。
「お、おれにはナルトがいるんです!ですからあなたと付合う事なんて出来ません!そんな不誠実なことは…!」
 先程いったこととは180度方向を変えてイルカは叫んだ。嘘も方便。いまここを無事に切り抜けられるのなら、これぐらいは許してもらいたかった。心の奥底でナルトに謝りながら、イルカは声を絞り出した。
「…キスもできないくせに…?」
 ぼそりと言われた言葉にいうんじゃなかったあああ!と思うけれどもう後の祭りだ。けれど勢いと共に叫ぶ言葉も止まらない。
「な…おれは子供とキスなんてしません!」
「…ほら、それが違うって言うんですよ。好きってのはそういうのじゃないでしょ?おれはあの時ナルトとキスしたかったし、押し倒しもしたかったですよ!!」
「…んなあ…!!へ、変態!あんたナルトにそんなことしようって思ってたのかよ!」
「な!誰が変態ですか!違います!俺だってあいつが大きくなる待つつもりぐらいありましたよ、けど貴方のは違うデショ!?」
「何が違うって言うんです!」
「…大きくなったナルトとそんなことするんでしょうが」
「…ナルトとはそういうんじゃないです!!」
「あいつがそんなこと納得すると思ってんですか?」
「な…っ」
「今だってキスを強請る程に貴方を欲しがってるナルトですよ?大きくなってもそれだけで満足すると思ってるんですか?」
「あ、貴方とナルトは違います!ナルトはそんなことっ…」
 するはずがないなんて言い切れたら、今こんなに悩んではいない。カカシの言葉はあのキスを迫られた日から…避けてきた考えだった。それでも…もうそれを認めない訳にはいかなくて。違和感は大きくなっていくばかりなのだ。けれどイルカはずっとそうありたいと思っていた。ナルトといつまでも、笑いあって、穏やかに過ごしていきたいと。
 …いつかは自分の手許から離れていく子供を…ずっとずっと側に置いておきたいと言う自分のエゴが大きくなっただけだと言うのだろうか。ただの一方通行のひとりよがりだったというのだろうか?
「じゃあ、違うって言うんですか?この、ナルトを愛しいと思う感情は」
 ずっと目を背けていた自分の独り善がりの醜い感情を直視させられて、イルカは堪り兼ねて叫んだ。ナルトを好きだと気付かせてくれたはずのカカシの言葉が酷く空しく感じられた。
「…少なくとも…恋愛とは違うんじゃないですか?肉欲を伴わない愛なんて、恋愛感情なんて俺は信じませんよ」
 そんな静かな声が聞こえた瞬間、イルカの目の前を影が覆った。
 ぶっちゅうううううううう。
 そう擬音がするくらいの…すごい口付けだった。
 もちろんされた瞬間はイルカはなにがおこっているか…まるでわからなかった。だってあんな真剣な辛い告白の…悩んでいる最中の途中で、こんなことをされるとも思っていなかったからだ。
 しかし、視界は銀の髪で覆い尽くされ。
 舌がにゅるりと口内に入り込み、信じられない所を刺激してくるものだから、漸くイルカは事態を把握した。
 歯茎をぬるぬるとさすり、すっかりちじこまっている舌に生暖かいそれは器用に絡まってくる。ちろちろと舌の裏を伝い、なんだからだが震えてしまう所ばかりを撫でたり突いたりしてくる。
「。.:*・゜:.。.ミ ☆」
 顔はゆでだこのように真っ赤っかになってしまい。離された唇からは唾液が伝った。すっかり腰砕けで、ぺたりとイルカはしりもちを付いてしまう。
「…な、な、な、な」
 二の句がつげない。酸欠も手伝って、頭が働かない。
「…ねえどうです?ナルトするのとは違うでしょう?気持ち良くなかったですか?おれのキスは気持ち悪いだけですか?」
 そう呟いたカカシの顔にはいつも付いているものがなかった。全てが露になっていた訳で。
 …あれえええ?
 すでに見ているはずだったがその時にはもちろんナルトの事ばかりで眼中に入っていなかったのだ。しかも、せつなく甘い顔。きっと女でこの顔にほだされないものはいないのだろう。
 ひえええええええ!
 さらに顔を赤くしながら、イルカは心の中で叫ぶ。だって、とても恥ずかしい。しっかりと腕は掴まれたままだし、すっかり腰砕けになってしまって立てそうにもないのだ。いくら経験のあんまりないイルカだってこのままではどうなってしまうのかは解ると言うもの。
 先ほどまでの深刻な空気は綺麗なまでに消え去り、残るのは今までに体験した事のないような淫媚な空気で。なんだろうこの変わりよう。
「ねえ、先生。どうなの?答えてよ」
 そんなこと、聞かれたって知るわけがない。
 だってあんなキス初めてだった。今まで付合った女性達とは…やさしいモノしか知らない。初めてだから、気持ちイイとかそんなこと解る訳もない。けれどこの先の未知の世界をこのままでは知ってしまいそうで。誰か助けてくれと叫びそうになった瞬間。
 ああああああああああ!
 イルカの耳にも、周りの人間達も振り向く程の大きな声が往来に響き渡る。聞き覚えのある声にイルカとカカシはそちらを振り向いた。イルカは救いを求めるように。カカシは舌打ちと共に。
 飛んできたのはもちろん…黄色の子供…ナルトであった。
 あっという間に二人の間に割り込み、ナルトはカカシに威嚇し出した。すごい眼光で睨み付ける子供を、カカシは真っ向から受け止めていた。失礼だぞといつもなら言葉だけでも、諌める言葉を出すイルカなのだが、今日は違っていた。
 一番大好きでも…今は一番あいたくなかった子供のはずなのに、今はイルカを助ける救世主となっていたからだ。
「カカシ先生抜け駆けだってば!!イルカ先生にちゅうするのは俺なのに!」
 だが…大声で叫ばれたそれに、イルカは目をまたもや点にした。
 今なんと言った?え、見られてた?全部見られていた!?
「な、ナルトおめえっ!」
「イルカ先生も俺と言う者がありながらガードが薄いってば!」
 叫ばれた言葉に…くらくらと目眩がした。こうも立続けにいろいろなことが起こるとどうにも思考がついていかない。戦の時であれば誰よりもすごい頭脳を発揮するのだが、こう言った時にはイルカの頭は全く働かないのだ。でもある意味、身のピンチにも程が有るからもっと回転しても良かったのかも知れない。
 ああ、遠くで何かの声が聞こえるような気がする…。
 意識を手放そうとした瞬間、一際大きくなったナルトの叫びが耳に完全に入ってきてしまった。それに対する、カカシの挑戦的な言葉も。
「イルカ先生…おれ負けないってば…カカシ先生なんて目じゃないくらい男前になって、イルカ先生をめろめろにして…絶対俺の奥さんにするってばよ!!」
「…ふ、ナルト。俺に勝とうなんて1000年はやいよ…?」
 いや、勝つとかまけるとかの問題じゃな…い…。なんでそうなるんだ?!
っていうか俺ここで気絶しちゃったら余計にとんでもないことになってちゃうんではなかろうか。よって意識を手放してこの状況から逃げ出す方法は却下となってしまった。だが言い合いに夢中の二人がそんなイルカに気付くのも後少し。
 俺達はナルトが好きだったはずで、でも違って…カカシ先生だってナルトがすきでっ…!
 今までの出来事すべてを…順序良く整理しようとしても、今のイルカは混乱の嵐に翻弄されるだけで。
 それは仕方がない。どうにもイルカが考えていた方向とはまるで違う方向にころがっているのだから。どうしてこんなことになってしまったのか、とか数ページ前に戻って考えても結局巡り付くのはこの結論らしく。こんなの俺は望んでないなんていってももう、後の祭り。
 二人はイルカが好きで…けどイルカの気持ちと言ったら決まるどころか…スタート地点にも立っていない状況に戻っているのに。
 けれどまあこればっかりは…気付いていなくとも、本人の所為でもあるから自業自得でもあるわけで。天然爆発で、犯罪を犯そうとしていた先生の思いを百八十度変えたのはイルカなのだし。それは大人同士の健全な恋愛になったわけだし。ナルトだって恋愛というものをしっかりとを自覚したし。その責任を全部とらないとイケナイなんて予想だにしていなかっただろうけれど。
 そうこうしている間に、じりじりと、路地裏からはみ出るほどに…後退していたイルカに二人が気付く訳で。
「いるかせんせーっ逃げるなってば!」
「イルカ先生〜観念しましょうよ!」
「あーっ誰か、たすけてええ…!」

 そういって大通りを走り出したイルカの未来は、明るい。…のかもしれない。


 自惚れたっていいじゃない?

 そこからはじまる恋もあるってこと。





- 了
- 


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