「自惚れ恋愛方程式-4」



 しっかりとそれを耳で拾った二人は、顔を見合わせて馬鹿らしいなと謂わんばかりに大きくため息を付いた後。
「…あんたの気持ちが本物なら、大丈夫でしょ」
「だな、部下だからってナルトに義理立てすることもねーだろ」
 その時初めて、二人の言葉がカカシのしっかりと頭に入ってきた。
 そしてじんわりと染み渡った。
 暖かい、励ましの言葉。今の打ちのめされているカカシにはどんなからかいであっても…おそらくそう受け取っただろう。今回はあきれきった挙げ句の…それでも仲間を捨てきれないお人好し二人の心ばかりのエールだったに違いないが。いや、友人を犯罪に走らせない為の予防線もふくめてかもしれないが。
 瞬間、がばりと顔を上げ、カカシはぎょっと驚いている二人の手を取り、感謝の気持ちをそのまま述べた。
 だって、嬉しかった。
 すっかり落ち込んでいる自分に、馬鹿だった自分に…そうやって背を押してもらう事が、免罪符を貰えたようで、兎に角嬉しかったのだ。
 はずかしかろうがなんだろうが、イルカ先生にアタックを掛けても、いいのだと。諦める必要なんてないのだと。
「…アスマぁ…紅…おれ、おまえらのこと…大好きかもしんない…」
 そう言うと、カカシは世界的な挨拶を二人に施した。木の葉ではあまり…いや他里でもきっとやっていなことを。
 ほっぺにちゅ、ちゅと親愛の意を表してみたのだ。
 この時ばかりはあまり悪気はなかった。いつもなら嫌がらせも込めてやってみたりとかしてやったりもするが…今回は本当に感謝を込めていたのだ。
 本当の気持ちに気付かせてくれてありがとう。そして励ましてくれてありがとうの意味を込めて。
 そして、笑顔でその場をスキップで後にした。

 こっちりと固まった二人を発見したのは…その数分後…任務だと探しに来たシカマルだったとかシノだったとか。


 それからのカカシの行動は素早かった。

 イルカのいる受付にもうダッシュで走り、今晩のみに行きましょうと息巻いて叫んだ。
 だが隣に三代目がいたものだから…あっさりと却下されたのだが。
 けれどカカシはめげなかった。今までの彼とは違った。それからも毎日カカシはイルカを呑みに、食事に、修行に…とにかくいろいろ誘ったのだ。
 その甲斐あってか、ほんのたまにイルカはその誘いに乗ってくれることもあったのだ。が…ほぼ百中で途中でナルトが乱入してオジャンになった。先約が先だと割り込もうとしても、ナルトが表れた時点でカカシの敗北は決定だった。非常に部の悪い勝負と言えよう。そして…やはり断られる最大の理由としては…やはりナルトとデートな訳で…。
 暫く軒並みの連敗を、気持ちに気付く前と同じように更新していた。
 そしてまあ、普通に凹んだ。やる気だけは、気持ちは本物だから。
 だが基本的な問題として、イルカ自身は暫くカカシの言葉を信じてくれないという壁があった。
 猛烈なアタックをかけてもイルカはのらりくらりと躱すのだから。そりゃ無視されて…物陰から見つめる事しか出来なかった男がいきなりこんなめげない突撃を繰り返したら警戒もするだろう。
 第一、今迄ならば…ちょっとした優越も入っていた所為で…真剣味のないものだったから…信じられない気持ちもわかる。
 あの時、おもいっきりライバル宣言みたいなことをしてしまっているのだし。
 思い出すだに恥ずかしい、あの時の事を脳裏に浮かべながらもカカシはイルカに信じてもらえるような方法を模索していた。
 自分の気持ちを…きちんと知ってもらう所から…始めなきゃ駄目なんだよな。ああ、そういえばちゃんとした告白とかぜんぜんしてないじゃないか。
 本当に好きだから。
 ちゃんと自覚したんだから。
 ちゃんと。
 申込もう。一から、ちゃんと。
 好きだって、伝えて。恋人同士になりたいのです、と。
 どうしても諦めきれない…どころか強くなっていく一方の気持ちを少しでも伝えたくて。
 カカシはイルカに思いを伝える為に、走り出した。

 けれど天はよほど哀れに思ったのか…カカシに味方した。
 転機は思っても見ない内に訪れた。







「イルカ先生。おれたちつきあってんだよな?」
 いつものデートの帰り道。いやデートと言えるのかこれは的ないつものパターンだったけれど。二人で並んで歩いている時に突然ナルトが吐出した言葉がこれだった。今のさっきまでやっぱり一楽のラーメンは最高だとかどうとか。いつも通りのそんな話だったのに。
「…へ?…ああああああああああ、ああ。だな。けど…なんだ?」
 当然ながら…突然の質問にイルカは非常に狼狽えた。
「……先生。ちゅう、しよ」
「は?」
 だがこれには反応さえ出来なかった。中忍失格な気もするが…まああまりに突然のことだったから仕方ないのかもしれないが。ことがことなだけに…イルカの目は点になった。
 ちゅう、ちゅう、ちゅう、たこかいな?な、なつかしいなそれ。
「いや、だからちゅう」
 ちゅう?宙?チュウ?
「…ちゅう…ってーとお…?ねずみ?」
「…チガウってば!!先生キスもしんないのかよ!!」
「…キス?ってーと魚の…」
 もうすでに教師との会話ではなくなってしまった。がくりと肩を落としたナルトはちょっと可哀想。それでも?マークしか頭の上に飛んでいないイルカセンセイをどうすればいいのだろう。
「…先生…それってば、まじぼけえ?もうとしぃ?」
 そんなはずはなくとも、相手はイルカなものだからナルトは聞いてしまうのだ。この恩師が…いや、恋人がとても天然なことを。
「ち、ちがうのか!?いや、先生はまだまだ若いんだ、馬鹿にすんなよ!」
 などとピントを外した事をまくしたててくるものだから、実は無意識の内に惚けて…誤魔化そうとしているのだということには気付かずに、ナルトは普通に切れた。この二人だからなし得る絶妙なつっこみとボケであろうか。
「あーもうっ、それはどうでもいいってば!口とくちをくっつけあうキス!!接吻だってばっ」
「せせせせせせっぷん!?」
「なんで今どきアカデミー入りたての子でもやってそうなことに、そんなどもるんだってば!!」

 実のところ。最初にナルトが言い出した時点で…イルカの正常な思考は完全に停止していた。いや、しっかりと意味を理解したから止まった。あまりに求められたことが衝撃的だった為だ。
「恋人同士なら出来るだろ?せんせい、これじゃ付合ってるなんていえないってばよ」
 お子さまのくせになんておませさんなんだーーーーーー!心の中では絶叫で一杯だ。
 すでにお色気の術で鼻血ぶー、後頭部を盛大に打ち付ける程に仰け反らされている男が思うことではないかもしれないが、イルカはかなり真剣だった。
 第一付合いはじめてまだ2週間と経っていないのだ。早すぎる。早過ぎやしないか!?いや、しかしながら…ナルトとちゅうなんてイルカのなかではありえなかった。あって…ぎりぎりほっぺちゅう。カカシがアスマ達に施していた…世界のキスの挨拶なんてイルカは知らない。
 だってナルトは子供なのだ。
 自分のかわいいかわいい教え子。目に入れたっていたくない位の。
 いくら大好きだからって、愛しているからってイルカのなかでそれはあり得ない。絶対無理。第一犯罪ではないか!
 取り合えず常識を総動員して、そう口を開こうとしたら、ナルトはもう目の前でスタンバって居たものだから、イルカは卒倒しそうになった。
 ナルトはもう、やる気満々。目が真剣で怖い。フレンチキスまでかましそうな勢いなものだからイルカは混乱した。
「ななななな、なるとおおお?」
「ちょっとは、それらしくしたい、ってば。じゃないとせんせい…」
 だが狼狽えるイルカを見て…むと、口を引き結んだナルトはむっつりとして言い淀む。
 ナルトもさすがに気付くってものだ。近頃のカカシのアタックの凄さには、本人以外気付いている訳で。その気持ちが真剣でナルトと同じくらいの気持ちでいることなど。あんな視線を目の当たりにして気付かない方がおかしいではないか…。
 あれほどすごいアタックだから、きっとイルカ先生も揺らいじゃうのではないかとナルトは危惧した。すでに大人と子供というハンデだってありありだ。正直勝てる気はしない。
 そして単純に考えて…やっぱり子供だから、やっぱり先を越せば…カカシ先生に奪われたりとかもないかもとか、一番は俺が絶対するのだとか思ってしまう訳で。
 滝のように汗を掻き…じりじりと後ろに後ずさっていくイルカを見つめながら、ナルトはその開いた差よりさらに大きな歩幅で二人の間の距離を詰めていく。
「…ナルト、ちょっとまて…?まだはやいっていうか、ほら俺とちゅうしたって…気持ち悪いって…ほら、あ!そういえば俺今日昼餃子食べて、口がくさ…」
「…せんせ、往生際がわるいってば…。…おれも今日、餃子たべたから平気だってば」
 子供は子供也に、自分の想いとイルカの想いがまるで違うものなことには、うすうす気付いていた。
 ナルトの場合、野生の勘とも言うかも知れない。
 初めは浮かれていたし、ライバルなんていないと思っていたからただ、嬉しいだけだった。
 大好きなイルカ先生が…自分も好きだと言うだけで嬉しかった。
 …けれど。
 イルカについで…大好きで尊敬しているカカシ先生が…イルカ先生を好きなのだと気付いてしまった時…いろいろと焦り出した。
 このままでは永遠に二人の関係は平行線。
 なのにカカシはかっこいい大人で、もしかしたらあっという間にイルカを攫っていってしまうかも知れない。
 そんなことは…カカシ相手でも嫌だった。
 イルカ先生はずっとずっと自分だけのイルカ先生でいて欲しい。誰にも渡したく等ない。
 けれど…子供なだけに自分は不利だ。大人になる迄イルカはそういうふうに思ってはくれない。いや、大人になったって駄目かも知れない。
 だってイルカだ。そういうところも好きだが…とんでもない天然だ。
 ではどうすればいい?そう、イルカに恋愛感情を…自覚してもらうしかなかった。いや、自分の本気を解ってもらうしかないとナルトは自分なりに考えて結論を出したのである。天然の恋人を持つのは予測不可能な忍者でも…大変だった。
「せんせ、目閉じて。そしたら俺からしたげる…」
「な、なると…」
 すっかり詰めてしまった間のお陰でイルカの焦ったような、赤い顔がすぐ近くにある。手で、頬を挟み込めばイルカの顔はさらに真っ赤になった。当然触れる指先も熱い。
 こんな可愛い先生はあまり今まで見た事がなかった。ああ、やっぱりこうしてみて良かったのだとナルトは嬉しくなる。だが、イルカはなかなか目は閉じてはくれなかった。
 当然、焦れたナルトはそのまま精一杯背伸びして唇を寄せようとした。その途端耳に届いた声。
「…な、なるとも!閉じないと先生はずか、っしいか、ら…」
 その語尾は消えそうに小さい。目も耳も全て赤くて。涙目の所もやはり少し可哀想だと思えて。仕方ないと妥協して、ナルトが目を瞑ろうとした瞬間。
 暖かい感触が指から離れた。

 そう…イルカ先生は一直線に逃げ出していたのだ。
 しかも下忍のナルトでは追いつけない程の素晴らしい逃げっぷりだった。ひゅうるりと舞っていく木の葉が空しい。
 ぐぐうと口を歪めたナルトが叫ぶ事にはやっぱり。
「せんせーのいくじなしいいいっ!」



→5



…ブラウザ閉…