「自惚れ恋愛方程式-3」


 イルカの背が見え無くなってから。とりあえず、カカシは絶叫した。
 ものすごく、馬鹿にされて、おチョくられたような気分でいっぱいだったからだ。別にイルカが罠にはめた訳でもなんでもない。勘違いして突っ走ったのはカカシなのだが、それにも気付けないほど、怒りとなんだか良く解らない何かが腹のなかにうずまいていた。
 あの思わせぶりな態度はなんだったというのだ…それも勘違いによるものだが、今のカカシにとっては二の次だ。
 …なにが、ライバルだ!あんたなんかがおれのライバルになんかなるか!ナルトはおれのことのがすきだもんねーっ!
 そうだ、一件落着だ。
 イルカがナルトに本気になったところで落とせるはずが無いのだ。結局親扱い…でおわるに違い無い。
 これでカカシが憂うことなど何も無いはずなのにだ。
 なのに、カカシはくやして仕方が無い。すっかり勘違いしてしまったという事実に。どうして勘違いしたのだとかは深く考えもしないで、カカシの思考は変な方向に転がっていく。
 そもそもこの時点で何処かずれているのだが、その事にはまったくカカシは気付く事が出来なかった。

 …このままでは腹が収まらない。
  木の葉の業師の名折れだ。 
 …こうなったら…勘違いの事実を消してやる…絶対、何がなんでも…めろめろに惚れさせてやる…。
 どうしてそこに直結するのか。やっぱり今のカカシは深く考えられないから解っていない。
 取り合えずイルカをぎゃふんと言わせる事しか考えていない。実際、ぎゃふんなどと口にする人間等そうそういないと思われるが、そうしないともうこの怒りはどうしようもない。あとでぎゃふんじゃなくて、カカシさんじゃないと駄目なの…と言わせるのだと…考え直した所もすでに可笑しいとか気付けない。
 だって、この時点でナルトの事が頭から消えている。あんなに好きだったはずなのに、頭がイルカ先生でうめ尽くされている事に気付いていないのだ。

「まってなさいよ…イルカ先生…」

 硬く拳を握ったカカシのこの判断が一番の選択ミスだったのは言う間でもない。いや、これはあの師弟に関わった運命…だったのかも知れないが…。
 …しかしながら運命はやはりというか、とんでもなく残酷だった。

 明けた翌日に耳入った情報に…カカシは愕然とした。
 どうにもこうにも人生うまくいかないものらしい。今迄にめいっぱいに人生の苦渋を舐めているつもりでいたって、…今迄恋愛なんぞで躓いたことなんてなかったから…かなりのショックだった。
 あれからカカシがイルカめろめろ作戦を練っている間に、イルカ先生は速効、ナルト宅を尋ね…本人にがっつり告白し…快くおっけーの返事を貰ったらしい。
 任務の遂行中…その当事者である…本人から聞いたのだからまず間違いはなく…。
 けろりとした顔で、だって俺イルカ先生好きだもん。お嫁さんにしたいもんとか言われちゃったらどうすればいいというのだ。

 ナルトひとすじに愛を捧げてきたはずの。カカシの純情をこれでもかと…(いや、お嫁さんにはなりたくないのだが)踏みにじられたというのに、そのことに関しては些程のショックはなく。ただ、やっぱりイルカは自分ではなくナルトが好きだったのだという事実に、カカシは酷い衝撃を受けていた。
 俺にめろめろにとか…言う前に進展しまくってる…。ってーか一足飛びにも程が…!
 ナルトとイルカがそういう仲になったということも…これまたショックな事で。今迄飛び越えられなかった壁を…あっさりと自分よりお硬い男が飛び越えてしまった事が一番のショックだったのだろうか?
 いや、違う、ナルトを取られた事がやっぱりくやしいのだと、カカシは必死に思い込む。あんな天然おとぼけオバカ中忍に…あんなに散々邪魔しておいて、いきなりかっさらわれてしまったことに。ナルトをとられてしまったことが…兎に角くやしいのだ。。自分の方がずっとナルトが好きだというのに!
 そう思う自分への違和感をねじ伏せて、カカシは頭を回転させる。イルカをめろめろにさせ、なおかつ、ナルトもめろめろで俺は幸せハッピー大作戦。この時点でだいぶん混乱している様が伺えるが。
 まだ遅くはない、遅くはないんだ。だって、あのイルカ先生がナルトに手を出せるはずもないし。
 呪文のように唱えながら、作戦を練るけれども実の所、堂々回りの思考は方向性さえ変えようとはしてくれない。
 唐突に脳に降り掛かった衝撃から…短時間でここまで立ち直ったのは、有る意味天晴れであったが…真の意味では覚醒の『か』の字もしていなかったのは言う間でもない。
 だからこそ。
 …一人きりになった時には、カカシは叫ばずにはいられなかった。

「…うそでしょーーーーーー!!!」

 からまわりにもほどがあるってーの。



「ナルトー!」
「ナルト!」
「なると〜v」

 甘ったるい、声が今日も辺り一帯に響き渡る訳で。
 しかも今までとは全く違っている事がひとつあって…そう、カカシは兎に角スルーという所一点のみが。
 これはもう目に入ってないとか以前の問題、素無視といったほうがいいのかもしれない。
 決意した男は強い。思いを自覚した男は兎に角強かった。
 しかもオッケーを貰ったとなっては…むしろ無敵に近い。…そう、イルカは今まで以上にナルトを…ネコ可愛がりするようになってしまった。もちろん七班の子供達にもやさしいが、ナルトとは度合いが違う!
 教師は贔屓をしちゃいけません!みなに平等に!そう習わなかったんですか!?俺は四代目に先生になる訳でもないのに博愛精神を叩き込まれましたよ!
 ぎりぎりとハンカチを噛みちぎる勢いで、ナルトを可愛がっているイルカを見つめるカカシは、当然ながら負けっぱなしだった。
 まあ、勘違いした時点から敗北は決定しているのだけれども…。

 あの衝撃の日の翌日から。夜も眠れずに過ごしたカカシは…作戦を決行とばかりに、フェロモンを垂れ流して(どうでもいい女達には効き過ぎる程効いた)イルカに近付き、話し掛けようとした。
 自分が思う最高の笑顔で、サービス満点、大売り出し、持ってけ泥ボーの勢いで、最後の切り札とも言える…口布を外した姿でアタックを掛けたのだ。すぐめろめろになるだろうという予想は大きく外れ。
 結果は前記の通り。
 きらきら光っているカカシを、イルカ先生はおまえは邪魔だからとばかりに押し退けていってしまったのだ。ぽとりと落ちた空を切る手。
 ひゅうるりと舞っていく…木の葉が空しい。
 …すごく空しい。
 それよりももっとあれだったのは…いつもは冷たいサクラの同情の生暖かい視線だったのだが。さらにあのサスケまでがひどく哀れなものを見つめるような、そんな視線をよこしてきたのが一番のダメージだったのだが。今はそれさえも置いておける程目の前の光景にカカシは夢中だった。
 …ま、前まではあんんんんなにおれに構いっぱなし…見張りっぱなしだったくせにっ!!!
 引き続きぎりぎりしながらも視線はイルカとナルトから外せない。いや、正確にはイルカの笑顔だ。
 言い訳するなら、今迄に見た事がない程の笑顔…あんな間抜けともいえる、変化をしていた時には見る事など…上辺だけの付き合いでは見た事がなかった。そんな見愡れる様な笑顔をイルカが振りまいているからだ。だから…とても珍しいものを見ているから、ナルトより視線がいってしまうだけなのだと…カカシは心のなかで秘かに言い訳する。
 一直線な男は何処までも一直線だった。好きな子供の前ではとんでもなく無防備で。
 自分が以前のように構って貰えない事も、普通に会話の一つさえ出来なくなってしまった事も。全てがとてもくやしくて…。それでもこの光景を只見つめる事しか出来ないのはどうしてなのだろう。ナルトにひたすら手を振って去っていくイルカが見えなくなってもカカシはその方向ばかり見つめていた。
 そんなカカシにナルトが気付かない訳もなく…複雑な顔でカカシを見つめながらも任務いくってばよ!と大きく叫んだのだった。

 結局、そんな純粋(?)なイルカとナルトの前に…アタックのアの字もかけられず…もんもんと過ごす日々が続いていた。
 いい加減諦めがついても良いころ合い。今迄のカカシならもっとはやくに放り出している所だ。
 もしくはほとぼりがさめる迄待つかとか…今迄であれば、まあその程度のものだったのだ。
 だが今回は違った。
 傷付けられたプライドも、奪われたナルトもどちらも諦めのつかないものらしい。それはカカシにとって非常に珍しい事であったが、やはり本人はその訳にはまったく気付いていなかった。
 今日こそはと、今日は七班の任務もなく…通常の任を待つ身であったから、上忍の待機所で独りうんうんと唸っていた。
「もうこれは二人の間に割り込んでいくしかないよね、それいがいにもう方法なんてないもんね、もともとあの人もそうしてたんだし…」
 しかも独り言が駄々洩れだった。
 周りに人がいなくて、出払っていて本当に良かったと言える。
 はたけカカシが恋愛なんぞで悩んでいると。しかも男を追っかけまわしている等と。面白可笑しく話の種にされていることだろう。だが、ナルトのことはともかく…イルカのことについては自己完結な部分が大部分だから微妙な線ではあったが…。
 そんなカカシ一人の妄想と作戦の世界はすぐに破られる事となる。
「おう、カカシ。…なにやってんだおめえ…」
 ぷかりと煙草を蒸かしながらやってきた髭熊が、どかりとカカシの真横に腰を下ろした。
「…ううううう、いや、もういっそのこと家に押し掛けるとかどうかなあ…ナルトなら知ってるだろうし…って教えてくれんのかなあ…」
「…素無視かよ…」
「…仕方ないわよ、こんな単純なことで悩めるやつなんてそうそういないでしょ?」
 何時の間にやら紅も、アスマの隣で座っていたようだ。
 いや、恐らく一緒に来たのだろうが、カカシが気付かなかっただけであろう。未だに二人の事はまるで眼中に入っていないのだから。
「…そうだなあ…こいつは昔っからどっか変なとこ抜けてっからなあ…」
「でしょう?ね。ま、アタシは風の噂ってやつが殆どだけどね。自業自得ってやつかもよ」
「…おんなにゃ敵の多そうなやつだなあ…マジで」
 だがそんな二人の会話もカカシの耳には右から左。内容の欠片も入っていない。
 が、突然紅が身体を窓の有る方向へ、くるりと回転させた。そして身を乗り出し、いった言葉は…。

「あ、イルカ」

 その途端カカシの意識は覚醒した。すっかり別の世界へ飛んでいっていた、堂々回りの思考から帰ってきたのだ。
 お帰りカカシと謂わんばかりに、アスマがぱちぱちと拍手。いや、紅の手腕にだろうか。
「!?!?!ちょ、どこどこどこどこ!?」
 がばりと窓ガラスにへばりついたカカシは目をさらのようにして、紅の視線が注がれている当たりを凝視した。
「あ、あの校庭の…」
 紅がぼそりとその正確な位置をいおうとした瞬間、何時の間にか身体を反転させていたアスマの一声。
「お、ナルトだ」
「ちょ、ナルトはいいから…イルカ先生はどこなのよっ」
 その瞬間、紅が拍手。
 これは完全にアスマの行動を称えたものだったろう。
 ちなみにこの二人はカカシがナルトを好きだと謂う事を知っていた。何故なら本人が公言していたからだ。(ちょっとした犯罪の予防と言える)
 そして…それがすでに過去形だと謂う事も。
 だが、当のカカシといえば…紅が刺した指の場所にイルカを見つけられない事に苛つき、叫んでいた。
「…ちょっとっ!紅!!あの分りやすいチャクラの一つさえ感じないじゃない!どこなのよっ」
 すごい勢いで紅に迫るカカシを…ジト目で見つめる二対の目は、当然ながらもう容赦がない。
「ナルトはいいからだってさあ…前までなら考えられないこといってんぞお前」
「いい加減観念しなさいよ、ちょっと醜いわよカカシ」
「…って、………ああああああ!!!おまえら…ひっかけたなあああっ」
 …当然ながら本当は引っかけも何もない。
 ナルトとイルカを天秤に掛けて見ただけだ。どっちに興味があるのだろうかと。
 だが、当人としては…思ってもみなかった事を指摘された衝撃は大きかったのだ。
「…当然でしょ。今さら何いってんのよ」
 気付もしなかった馬鹿にそんなこといわれたくないのよ、と馬鹿にしたような笑いとともに。ほれ、あっちとばかりに明後日の方向をさされた。
 紅が見ていた方向とは…まったく逆だ。
 だが、あんな分りやすいチャクラ二つに気付く事が出来なかったと言う事の方が…余程まぬけだからぐうのねも出ない訳で。いつもなら考えられない失態である。
 ドア一枚隔てた所に、見知ったチャクラ、もとい気配が二つ。

 仲の良さげなそれに、勘弁して欲しいとさえ思う。

 だって、図星だ。
 認めたくなかったって、認めるしかないじゃないか。
 そんな馬鹿なと思っても、今の自分の気持ちを見つめ直してみれば一目瞭然。
 仲の良さげで、親子のようにも見えるじゃれあい。
 けれど本当は立派に、お互いに思いを伝えあい通じ合った…恋人同士というやつだった。
 扉越しにでさえ伝わってくるそれに…嫉妬を覚えているのは…。
 この場合どう考えたってイルカの方にだろう。
 なのに。
 不思議な程に…ナルトがうらやましく、憎いのだ。今すぐイルカから離れて欲しいと思う程に。

 なんでこんな単純な事に気付けなかったのだろう。
 けれど、今までのあの寂しさとか。くやしさとか…割り込む事さえ出来なかった複雑な感情を考えるだに…いままでだって見ないように、見ないようにしてきただけの話だったのだと思い知る。
 あんなことぐらいで…あっさりと乗り換えるような尻軽男じゃないとか。恋愛で頭がいっぱいの…ちょっと頭の悪い女が考えるような事を、カカシもしっかりと頭の片隅で考えていた…そんな情けない思考の果ての結果だろうか。

 …何が惚れさせるよ…俺がめろめろになってんじゃん!イルカ先生に!!!
 そう気付いた時…まさに今なのだが…もういろいろと遅すぎることに気が付いたりした。
 一体何時からそうだったのかなんて…思い出せもしない。
 もう無意識のうちに…惚れていたのだろう。恐らくはあの変化したイルカを毎日見ていた頃から。
 必死になって止めてくること…イルカの姿を見るのが何時の間にか楽しみになっていたのかもしれない。
 一生懸命のあのひたむきな姿に。
 徐々に育ったそれは何時の間にか…ナルトを想う気持ちより大きくなっていたのだ。
 …それが表立って表れたのは、カカシが果てしない勘違いをした時。
 自分を思い、どんなことがあっても諦めないと…すがってくれたらいいと何処かで考えていたのだろうから…。いや、もうあの時にはイルカが好きだったからこそ、あのように考えたのだろう。
 自分に惚れているから、俺がその引導を渡さねばならないのだと、なんんとも阿呆丸出しの図々しいにも程があることを。
 …は、はずかしいいいいい…
 頭を抱えてカカシは蹲る。もちろん顔は真っ赤でガマの油のごとくだらだらと汗が滴り落ちていく。
 あほじゃないの、俺。自惚れにも程があるじゃない…!
 まさに穴があったら入りたい。そんな状態だ
 そして上から誰でもイイから、土でも掛けてくれないだろうか。
 そしたら暫くの間文句のひとつなしに…土遁も使わずにずっと埋まっているのに。
「カカシーおーい大丈夫か〜傷は浅いぞ…多分」
「そうよーまだまだこれからじゃないー気付けただけでもめっけものじゃないのー」
 なんて能天気なアスマと紅の言葉が頭から振ってくるけれども、それをはね除ける事もできない程、カカシは自己嫌悪に陥っていた。

 これまでの間違いを全部なくしてしまいたい。
 馬鹿みたいにカッコ付けて惚れされるだなんて息巻いていた自分を全部消してしまいたい。
 ナルトへの想いにかこつけて消していた思いを全部…。

 けれどそんな自己嫌悪の嵐の中でも…輝いているものに気付かない訳には行かない。
 そう、なくならない。弱くさえもなっていないのだ。
 こんなに恥ずかしい思いをしたって、イルカへの想いがなくならない。むしろしっかりと…自覚した今もっと強くなったような気さえするのはどういことだ。
「…まだ…大丈夫かなあ…こんな俺でも…イルカ先生とナルトの間に割り込めるのかなあ…」
 すっかり遠くへ去っていった二つのチャクラを無意識のうちに追っていたカカシは誰に聞くともなく呟いた。



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…ブラウザ閉…