「自惚れ恋愛方程式-2」


 もう、いい加減二人きりになりたい。切実にそう思う。
 そうして、甘い雰囲気とはいかないものの、先生と生徒のほのぼの感溢れる二人きりの世界を味合わせてくれてもいいではないか。
 だからカカシはしゃがみ込んで、小さなナルトの耳の位置迄口元を移動させ、耳打ちしようとした。後でまたラーメン奢ってやるから一楽にこいよと。あまい誘惑を混ぜた誘い文句を。
 …口布を下ろそうとしただけで、ぴぴーと警告の笛がなるのだ。
 耳打ちなどしようとすれば、拳が飛んでくるのは当然だろう。これも実は予測出来ていた事なのだが、ナルトのいじらしさに感動して居たカカシは、止めることが出来なかったのだ。
 ひょいとぐーの拳をカカシは避けた。ナルトごと。
 もちろんそれもイル子の怒りを煽ることだと解っていたから、ナルトはすぐにカカシの手から離れた。もう、何すんだよとばかりに…。それはカカシにとって非常に切ない事であったが、あんな気をくばったナルトだから、当然の事。
 だがそれの何がいけなかったのか。
 イル子迄もが…いつもと違う反応を返してきたのだ。その瞬間カカシは完全に固まった。だって不測の事態だったのだから仕方がない。
 …なんと。うううううううとうなりながら泣き出したのだ。
「もう、いい加減にしてください!貴方程のかたが…こんなこどもに手をだすなんて…」
 情けないです。そう言いながらイル子は突然…ぽろぽろと涙を流しだしたのだ。
 えええええええ?何が悪いのよこれ?わっかんないっぜんぜんわかんない!一体この人なんなのっ!?
 あまりの衝撃に動け無くなっていたが、せんせーなくなってばーっと必死にナルトがイル子を慰めているのが目に入った。…もちろん、そのカカシを見る目つきは剣呑さを含んだ攻めるようなものだ。
 この場合、おれがいじめたっていうほうが無理が有るデショーが!
 そう思ってもナルトのジト眼も変わらないし、本当に、なにが悪かったのかイル子の嗚咽もとまらない。
 泣きたいのは俺の方ですよ…!
「ひっく…っく…もう…どうしてあきらめてくれないんです…」
 自分が悪いわけでは決してないのに…なんだかいたたまれないカカシは、その言葉、まんまお返ししますよと小さく思うけれど。
 だが…ふいに、イル子の台詞がカカシの心に引っ掛かった。

 …あれ?
 なんだろう、この違和感は。
 いきなり泣き出したイル子の真意はなんなのだろう。
 だがイル子、いやイルカはカカシの付合ってきたような女達の様に、いろいろと画策のできる人ではない。単純直情なのだ。恐らくこれは急に感情が高まって…それが溢れてこぼれ出したのだろう。
 そんなに…おれがナルトに近付く事がいやなの?いくら心配しているからって、涙を流す程…?どうしてそんなに?
 今迄の煩い迄の割り込みとはまるで違う、表情にカカシは眉をしかめる。なりふり構わない行動の末の、突然の感情の発露…。

 …これはまるで…恋愛感情のようではないか?

 カカシは唐突に思い付く。いや、至ったと言う方が正しいか。
 …そうか、この人。
 ナルトの心配をする振りしてるけど…

 …俺の事が好きなんだ…。

 そう考えるだけで…全ての事に合点が行く。
 行き過ぎるまでの教育的指導。
 可笑しいまでの割り込み…。何もそこまですることはないのだ。
 下忍のナルトにはいつだって会おうと思えば会える。イルカは受付もやっているのだから、七班の任務場所の把握もしやすかろう。その点、カカシは上忍の任務もあるものだから尋ねてきてもらっても…会える事の方が少ない。
 だが…今であれば…ナルトいるところにカカシ有り。
 ナルトのいる場所を把握しておけば…それだけでいいのだ。単純な子供の行動範囲等、もと担任ならばすぐ解る。ミズキの事件の時のように。
 カカシばかりに向かう感情も行動も。…全てがそれを物語っていた。
 ナルトじゃなくて俺に構って欲しいんだ…だから…こうやって…。
 わざとカカシを怒らせるようなことばかりしていたのだ…。
 でももう、それも限界がきてしまったのだろう。
 気付いて欲しいというその気持ちが一向に…こちらに向かない事に。いら立ちは涙となってとうとう溢れだしたのだ…。

 …なんだ、それじゃあちょっと今までのことも理解出来るよ。
 なりふり構わないその姿もいじらしいとしか映らない。
 恋する男と言うのはシャイで、めちゃくちゃなものだ。
 今の自分のように…。

 だが、はっきりと言わなければならない。いくら思ってもらっても、自分はナルトが好きなのだ。答えられないのだ。
 気持ちが痛い程解るだけに、事実をきちんと伝える事は…つらい。
 けれど、そんなに自分に惚れているのならば…その引導を渡すこともきっと…自分の役目なのだろう。
 カカシは決心する。

 その思いを…断ち切ってあげようと。

 俯かせて居た顔をあげると、イル子はまだ泣いて居た。ナルトに頭を撫でられながら、すでに真っ赤な目を必死に擦っていた。だが、真実が解ってしまった今、そんな光景にも嫉妬する事も無い。
「…イル子さん、わかりました。今からサシで話し合いましょう。そうすればお互いに見えてくる事もある。まっ…ということだ、ナルト又明日な!遅刻すんなよ?」
「え?」
 泣いていた顔を上げ、イル子は不思議そうな顔をする。確かに急な提案だ。だが、カカシにとってはあくまでごく自然な展開でしか無い。
 頭を撫でていたナルトも、カカシの提案にむっと口をヘの字に結んで俺も行くってばと喚き出した。
「何いってんだカカシ先生!こんな泣いてるイルカ先生を置いていけるか!カカシ先生またイルカ先生を泣かせるつもりだろ!」
 んーもう…変化に関しては、隠すつもりはないんだなあ…。
 ただ、イルカの泣くと言う不測の事態に、男のやさしさが飛んでいってしまっているだけだとは思うものの、イルカも気付いていないようだからこの際、もうどうでもいいことなのだろう。
「泣かさないよ、ちゃんと話するだけ。大丈夫だって。ちょっとは信頼してよね〜」
 真面目な顔でそういうと、ナルトもこのままでは良く無いと思っていたのか。イル子から名残惜しそうに手を離した。
「…わかったってば…でもこれ以上泣かせたら先生とは絶交だからな」
「ナルト…」
 イルカ先生、がんばれよ!いじめられても泣いちゃ駄目だぞ、じゃあな!と…いってナルトは未練を振り切るように走りだし、去っていく。
 ナルトのいう通り…これ以上に泣かす事になるのだろうと思いながらも、カカシはイル子に行きましょうかと声を掛ける。
 往来で話すようなことじゃない。人気のない…静かなところのほうがいい。後でひとりでも泣ける。カカシは河原のあそこがいいだろうと、イルカが付いてきている事を確認しながら、ゆっくりと足を向けた。

「カカシ先生…」
 掛けられる言葉は不安げではかなげだ。今迄のイル子からは想像もつかないほどたおやかで、かわいらしい。  今だ眼を赤く泣き腫らしたままのイル子を…、カカシはじっと見つめた。
 赤く染まった目もとが可哀想だと思う。
 それほどに思いつめていたのだろうか。普段のイルカからは想像も付かない程…繊細な感じがする。
 こんなかわいらしい人を…これ以上に泣かせるんだな…今までのことが全部チャラに出来るくらいに罪悪を感じる。
 でも…言わなくてはならないのだ。
「…イル子さん…」
 河から吹き上がってくる冷えた風が頬を撫でる。
「…?」
 きょとりとした目が、攻められているようで…つらい。
 何をいわれるか解っていないのだろうか?すこしでもわかってくれていたほうがダメージも少なくてよかっただろうに…。
「…俺はナルトが好きなんです。こんなですけど…本気です。あいつの真直ぐな所に惚れているんですよ…」

 本当にもうしわけないと言いながら思う。
 イルカ先生…ごめんね。俺だってこんなこといいたくないのよ。
 こうやって自分に好意を持ってくれている者を振ることは決して気持ちのよいことではない。けれど、自分とてこれ以上ナルトとの仲を邪魔される訳にも行かないし、なにより行き過ぎた思いはイルカを傷つけることになるだろう。ならば今断ち切るのがせめての情けというもの。
 イル子は徐々に俯き、完全に表情が見えない所迄その肩を、首を下げてしまっていた。そして力の篭った手のひらで、ぎゅうとズボンを握りしめていた。
 ああ、そんなに…やっぱりショックだったのだろうか…。
 そんなイルカを見つめながらカカシは思う。
 いや、当然だ。カカシとてナルトにそういわれてしまったら…もう落ち込む所の話ではないかもしれない。
 それでも任務を黙々とこなし、忍びとしての生をまっとうして…。
 いや、こんな風に思っているのもイルカに失礼な話だ。
 完全な勝利者としての優越感のようなものがあるから、こんな風に自分に酔ったような物言いになっていることにも気付けずにカカシは、慈愛の目でイルカ、いやイル子を見つめる。
 ふるふると震える肩が細く、ことさらに同情を誘うのだ。
 ごめん、ごめんね。俺なんかをすきになってくれたのに。
 また…泣いているのかと思って、せめて慰めてあげようと…イル子の肩に手を掛けようとした瞬間。

 ぼふんとイルカ先…いや、イル子が変化を解いた。
 カカシが声をあげる間も無く。あっけに取られてカカシはその光景を見つめる事しか出来ない。
 なんで…こんなシリアスな展開で変化を解くの?
 ぽかんとした顔をしていれば、そこには何かを決意を宿したような目をした男がいた。泣き腫らしたような目はそのままに。そして、がばりと頭を下げた。
「カカシ先生…今まで…申し訳ありませんでした!」
「…は、はあ…?」
 なんであやまるの?…ああ、ストーカー行為のことだろうか?そうは思うものの、思っても見なかった展開にカカシの目は点のままだ。
「イル子はみてのとおり…うみのイルカだったんです!騙すような真似をして本当に…申し訳有りませんでした…!」
 いまさらですから!!と突っ込む事も出来ず、カカシはただ、イルカの言葉をまつことしか出来ない。
「…はあ…」
「わかりました…俺、わかったんです」
 何が、といわなくても成りゆきから考えれば、すぐに思い至る。そうそう、ようやく軌道が修正されてきた様だ。そう、諦めてくれるのだろう。よかった、解ってくれたんだと、カカシは漸く自分を持ち直す。
「ですから…俺の事はあきら…」
「俺こそ…意気地なしでした!!」
「…へ?」
「俺もナルトがすきなのに…心配だからとか、教師だからとか…言い訳して…自分の気持ちを騙していました…」
「…は?」
 え、ちょっとまって。いまなんていったの?
「このままでいいんだろうかってずっと考えてました。正体を隠して、邪魔をして…年齢差が犯罪だとか、言い訳付けて。でもいい加減自分のしてる事が本当に正しいのかって、こんなことばっかりしててナルトに嫌われちゃわないかなって…泣けてきちゃって…お見苦しい所をお見せしてしまって、すみませんでした…。でも、目が醒めました」
 上げられた顔のなんともさっぱりしたこと。
「カカシさんのさっきの告白で…目が醒めました。うだうだ悩んでる場合じゃ無い。理由付けて、人の邪魔ばかりしているのなんて問題外だって!俺も…諦めないでナルトにアタックしてみます!」

「…はあああああ!??!」
 なに、俺に惚れてるんでなくて、ナルトにほれてんのおおおおお!?
 しかも、まじぼれ…!?教師としての愛情では無くて?
 イルカははにかんだような照れた表情で、鼻の上の傷を掻いている。驚き固まっている、こちらの事等お構いなしに、ありがとうございますと呟いていた。
「ありがとうございました!カカシ先生はやはり、上忍の鏡ですね!俺みたいなやつにもちゃんとこうして話していただける…すごいですよ…こんな簡単なことにも気付なかった自分がはずかしいです」
 誉められているのか、貶されているのか…よく解らない。たぶん褒め言葉だろう言葉も今のカカシの頭では良く理解出来ていなかった。
 立続けに起こる事象に付いていけていない。
 あれ、あれ、あれええええ?
 混乱している頭に、さらにはきはきした言葉は突き刺さる。
「ライバルですね!俺達。カカシ先生はすてきなひとですし…適わないと思います。でも気持ちでは負けていませんから。お互いがんばりましょょうね!」
 あの鬱陶しい…ガイのように白い歯がキラリと歯が光った。
 さっきまで泣いていたのがうそのよう。叶わぬ恋で泣いていたのがうそのよう。いや、こっちはうそ、っていうか勘違いなのだけれども。
「…では又、明日。受付所でお会いしましょう!」
 そういって、あっさりと遠くなっていく背中。

 ひゅうるりとカカシの前を風が駆け抜けていく。

「うっそおおおおおおおお!」



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