「告-2」


 引き摺る音に気付かなかったかとそちらを見遣るが、身を素早く隠したのが功を奏したのだろう、ナルトは一瞬後ろを振り返り首を傾げるような素振りを見せたが、また何ごともなかったように歩き出した。
 孤独を映す丸い背もそのままに。

 やがて、その背は曲り角に消えていく。
 これでいいと、安堵のため息をついた時。
 唐突に…ナルトの歌声が聞こえた。

「ラーメン!ラーメン!旨いラーメン〜いっちらっくのー!おごってもらえりゃ〜なおうまい!」

 すこし調子の外れた声で、まるで自分を奮い立たせるような、そんな歌声。

 高らかなはずなのに、今にも、泣き出しそうな声のようにサスケには思えた。
 能天気なやつだから…こうした危険にも気付けないのだと無理矢理に決めつけた。そうでもしないと今にも飛び出して…詰ってしまいそうだった。

 お前はこんなにも里者に疎まれているのだと。なのにどうしてそんなに明るく笑っていられるのだと。
 こうして、自分が男達を止めなければどうなっていたのだろうか。
 あのウスラトンカチは。
 この事実を知って、どうしたのだろうか?
 くやしい、哀しいとないたのだろうか。

 けれど、事前に防ぎ止めることの出来た事の結末を考えても答えは出ない。
 なんとも言い様のない、複雑すぎるもやもやとした気持ちがサスケを攻める。同時に訳の解らない嫉妬にも似た心が沸き上がるのを自覚して。
 くそっとつぶやきながらも、呻き出した男の一人に止めを差すことは忘れなかった。
 素早く、軽く首筋に手刀を入れれば、男はがくりと力を失った。

 別にウスラトンカチを助けようと思った訳じゃない。

 後ろから子供相手に本気で襲い掛かろうとするような卑怯者が許せなかっただけだ。
 自らにもそう言い聞かせながら、サスケは昏倒した男達に侮蔑の眼を向ける。
 
汚さにも、馬鹿にも…程があると。

 里に誇りなど…今さら持っていない。
 あのような男を育てることしか出来なかった里など。
 ぬるま湯につかって、平和に酔い、気付くことさえ出来なかった里など。

 けれどそれでも。

 幼い弱者を嬲る真似を許すような…そんな里ではないことも知っているのだ。
 詳しい事情なんて知らない。
 どんな秘密が…ナルトにあるなんか知らない。知りたくもない。
 けれど、これは決してやって良いことじゃない。
 あんな寂しそうに歩く子供相手にやっていいことではない。大人達の汚さに、無意識のうちにぎりぎりと噛み締める歯が鳴った。

 遠ざかっていく、強がりばかりの歌声。

 あんなに無理をして、いるのに。いつだって、強がって笑っていられるのは。
 きっと、あの男の存在があるからだ。
 解らないなんて、嘘だ。
 本当は解っている。

 何が…あいつを支えているかなんて!

「ナルト!!」

 自分の考えと呼応するように…叫び声が聞こえた。
 それと同時に、ざざと音を立てて飛び出してきた男の姿にサスケは振り返った。
 もっとも少し前から焦ったようなチャクラを感じてはいたのだが…確かめる間でもなく、それは見知ったものだったから。
 たすと地に降り立った現担任の男は、ひどく驚いたような顔をしてこちらを見ていた。
 サスケの手に持っていた襟首達を、凝視していた。
「サスケ…その人たちは…」
「…」
 一体どう応えたものか。沈黙で答えながらもサスケは考える。
 先ほどまでの凍える程の怒りは…男の出現ですっかり形を潜めてしまった。

 それより何より、どうしてこの男がといった驚きが強い。いや、自然なのだろうかこれは?

 今、唯一ナルトを差別の対象としない、他の子供達と同じように接することの出来る男を前に、胸の中のもやもやは拡大を見せた。
 同時に、あんたがいながらどうしてこういうことが起こるのかと、攻めるような気持ちもむくむくと沸き上がってくる。
 その思いに押されるようにして、素直に話すことはないのかとサスケは思い直す。

 何故だか…この男相手に素直に言うのも憚られた。
 イルカが…心底可愛がっている子供が襲われようとしていたなどと。
 散々考えたはずなのに。適当に誤魔化そうと思っていたのとは裏腹に…口から出たのは事実、ありのままの言葉だった。

「…あのウスラトンカチを後ろから襲おうとしてた…」
 そういって漸く…馬鹿な男達の襟首を掴んでいた手を離す。
 ナルトの静かなチャクラはすでにもう遠い。あの調子はずれの歌声も。きっと誰かを…いや、目の前の男を想って歌っただろう、声も。
 もう、こちらに感ずかれることもないだろう。
 イルカのあの大声が届いていなければだが…。

 どさりと音をたてて落ちたそれは、もうぴくりとも動かなかった。
「…」
 続きを促すように男の目が揺れる。
 サスケはためらいながらも、ナルトの安否を伝えた。
「…あいつは何にも知らない。能天気に歌いながら、家に帰ってったぜ」
 そう言うと男は、心底安堵したような顔になった。
「…そうか…よかった…」
 嬉しそうに笑い、胸をなで下ろすような仕種に、何故か胸がちくりと痛んだ。

 恐らく、同じ孤独を抱えている男に向けられる同情や、優しさは嬉しいことであるはずなのに何故だろう。この男らし過ぎて笑えてしまう位のことなのに。
 どうしてか…酷く不快になった。
 本当にクラスの誰が襲われたのでも…この男は動いたのだろうか。そんな疑問が唐突に胸に宿る。
 ナルトだから、この男の気に入りだから動いたのじゃないか?自分がそうだったとしたら動いてくれたのだろうか?

 本当は答えなんてすぐ解った。

 誰だってきっと同じだ。助けに来るに違いない。今のように血相を変えて。
 けれどそれを認めることが今のサスケには出来ない。
 …恐らくイルカにとってナルトは特別だから助けたのだ。
 大人達に疎まれる、ナルトだから。
 …偽善じゃないか、里中の大人に忌み嫌われる子供を助けるなど。
「先生はなんでこんなとこにいるんだ?あいつが襲われること、知ってたみたいに」
 ぐるぐると堂々回りを始めた思いを断ち切る為にも、サスケは聞いた。

 確かに、明らかに可笑しいのだ。
 イルカは確かに自分達の担任だが、居残りや追試などがない限り、めったに自分達に介入してくることはない。お人好しで、放っておけない質ではあるが分別はちゃんとするタイプだ。
 アカデミーが終わってまで、やかましい教師が出ばることはないだろうと…自分が倒れた時に、言っていたのを思い出す。その時は出ばって来てくれたことが、むしろありがたいくらいだったのだが…。
 だがそう考えると、自然なのだ。
 初めから仕組まれたような、この馬鹿げたやり取りは…イルカが仕組んだものなのだろうか。そんなはずはないのだと、本当は解っていながらも、理不尽ともいえる怒りがわいてくる。
 こんな矛盾した思いが生まれてくること自体普段の冷静な自分からは考えられないことだったが、明らかに今は違っていた。
 この男達とあんたはグルなのかと、そのまま問いただした。
「あんたなら、止めれたんじゃないのか!?しってたんなら…こんなこと止めさせられただろう!?」
 いきなりとも言える勢いで…憤るサスケに困惑したように、イルカは待て待てと、言う。
 そうしてすこし考え込むような仕種を見せた。
「あ、…いや、そのな。これには理由があってな…」
 もぞもぞと言い淀む様がちっともイルカらしくない。
 やっぱりそうなのかと睨み付ければ、眉根をよせていかにも困ったと言う表情で、…はあ、と大きく息を吐いた。
「……わかったわかったよ、そう睨むなって。…お前には言い訳が聞きそうにないし。……はあ、……正直に言うよ」
 一旦言葉を切ったイルカは、懐から小さな紙片を取り出した。
「今日はちょっと職員会議があって…こんなに遅くなっちまったんだが…それが終わった後、な。…この紙が俺の机の上にあったんだ。初めは…ただの悪戯かとは思ったんだが、それでも放ってはおけなくて…追って来てたんだ」
 目をそらしながら渡された、紙片を開いてみて、サスケは全てを一瞬にして理解してしまった。


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