「告-3」


 …なんて馬鹿らしい。

 どうしてあんたはそう、無防備にナルトの為に犠牲になれるんだ!?
 噛み締める奥歯が鳴った。

 様は…狙われたのはイルカだったのだ。
 ナルトを狙う振りをして、子供を庇い…里の忍びとして育てようとする、忌々しい男を嬲るために。
 忌み嫌われる子供を庇護する男を…狙う為にこれはなされたのだと。

『今から、あの狐子を襲う』

 たったそれだけの短い文。
 今からなんて、もう間に合わないかも知れないとも思えるようなそんな言葉のみの紙片。
 それだけでも、この男が動かないなんてきっとない。
 もう間に合わないと思っても、希望を捨てずに走るのがこの男だ。
 我が身を犠牲にしてでも、子供を助けるのだろう。

 きっと誰だって、子供相手なのであればそうなのだろうが…それでも、相手はナルトだった。
 この男が恐らく一番目を掛けているだろう子供の。

「…まさかなとは思ったけど…あ、いやな前もナルトが悪戯してな、そんな単純なうらみつらみがたまっちまった結果だろうともおもうんだが…本当におとなげない話だけどなあ…まあナルトの悪戯も際限がねえから…」

 イルカは里者がナルトを襲おうとした事実を…焦ったように取り繕うけれど随分と今さらだ。

 あんな悪意を…感じない子供はいない。
 現に、噂などものともしない特殊とも言える者達は別だが、すぐに親たちの影響を受けるような子供達は…同じようにナルトを嫌悪の目で見ている。
 くだらないと思っても、それだけ大人達のあからさまともいえる悪意は確実に子供達にも伝わっているというのに。
 幼くとも気付いていないはずがない。それをイルカ達のような大人だって解っていないはずがない。
 あんた以外の教師だって、ナルトに接する時ぎこちないことだって、知ってるのに。

 今さらだ。本当に今さらでしかないのに。

 なのに、馬鹿正直にあせって、取り繕うイルカは滑稽だった。
 だから奥に潜む悪意に気付くことが出来ないのだと、サスケは思う。
 ナルトだけを襲いたいのであれば、このような紙片をイルカの元へ届けることはない。
 確かにナルト自身を嬲りたいという意志もあったのかもしれないが、明らかな別の意図が感じられた。
 ナルトを盾にとればイルカは抵抗出来なくなる。
 哀れな子供を、守ることだけを考えるだろう。

 …なんでそこまで。
 黙り込んでしまったサスケにイルカが声を掛けてくるが、サスケは怒りのあまり返事さえも出来なかった。
「けど、ま…サスケ、ありがとうな。助かったよ…俺が遅かったらこの人たちナルトに何してるか解らなかったからな…」
 …何をされてるのはあんただったかもな。
 皮肉げにサスケは笑う。

 そうして、そうなれば一番傷付くのはナルトだろう。
 まさに一石二鳥の作戦ではないか。
 子供を庇護する男の制裁に加え、子供も本人に暴力を奮うより遥かに酷いダメージを与えることが出来る。
 本人達より余程、この二人のことを解っているではないか。

 そう思えばどうしようもない怒りがサスケを焼いた。
 どうしてそんなに無防備なのかと、何故だか無性に腹がたった。
 他人にその絆の強さを認められる程に。
 あの子供の為に。
 里から疎まれる子供を…ひたすらに愛する男の気持ちが解らなかった。
 自分さえも…嫌悪され下げずまれるのを解っていて。
 なんでどうしてと思っても、逆に何処までも懐の深い男らしいだけだと理解するのに、それが堪らなく悔しい。
 ただ一人の子供にだけ向けられる情がうらやましく、疎ましかった。
 どうしてこんなにも二人の絆とも言えるべき、想いが憎らしいのか。
 以前からはっきりした形を捕らえることは出来なかったけれど、今ではもう痛い程に解っている。
 こんな時にこそ、関わってこそ…解ってしまった。

 …嫉妬だ。
 強烈な。今でさえ身を焼く思いは。

 どうして自分には…その情を…くれないのだろう。

「…俺にもその情をくれよ!」

 気付けばさけんでいた。心からの叫びだった。
 心の奥底に封じ込めていた、欲しくて堪らなかったもの。
 それが一気に吹き出した。
 イルカが呆然として、自分の名を呼ぶけれど、そんなことくらいでは足りなかった。
「さ。さすけ?」
 呆然と差し出された手が宙を掻くのをサスケは認めて、その手をとった。
 両の手で、縋るように握りしめて。強く、願いを呟く。
「俺にも、欲しいっ…」
 そうだ、俺だけを求めて欲しい。
 あの子供と同じように、いやそれ以上の愛情が欲しいのだ。
 想い、想われる、そんな仲にイルカとなれたらならば…どんなに救われるだろう。男の深い愛情に包まれたら。

「ナルトにやれて、なんで俺には、くれない!」

 同じなのに。

 寂しくて、哀しくて、それでも誰にも頼ることなんて出来ない。
 弱い自分を曝け出すことも出来ない。
 強がって全てを突っぱねて、否定することで自分を保つことしか出来なかった。
 兄への復讐を誓いそれだけで生きていくことは、辛い。
 だが、そうしなければ…心が今にも折れてしまいそうだったのだ。全てを奪われた絶望を埋めることは容易ではなかった。

 弱い自分に気付くのが嫌で。自分でも目を反らして気付かない振りをしていたのに…それにこの男は気付いていたのだ。
 サスケに優しく諭す声も、無理をするなと母親のように暖かく叱る声も。

 本当はナルトのように抱き締めてやりたいといってくれて居たのに。

 サスケはそれに答えられなかった。

 初めにその手を否定したのは確かに自分だったのに。
 それでも…男の愛情を心は欲して居た。ナルトを認めることでその感情は厭増した。
 奥深くで求める心は膨らんでいったのに。

 なのに、イルカはナルトにしたように…サスケに近付いては来てくれなかった。

 諦めてしまったのだろうかと後悔もしたけれど、そうではなかった。
 そんなサスケの葛藤に気付いていながら…手を差し伸べることを躊躇っていたイルカとの縮まらない距離に、サスケも気付いていた。素直になれない自分も大嫌いだったけれど、近付いて来てくれない男にも…反発しか出来なかった。
 それが言い様もなく寂しかった。苦しかったのだ。

 それに相反するように深くなっていく…ナルトへの愛情が。
 うらやましくて、憎くて。

 イルカの手の熱さが…サスケを煽る。
「俺だって…欲しいよ。あんたの気持ちが…」

 この孤独は。
 ナルトとも違う、いきなり奪い去られた言い様もない孤独だ。
 この気持ちをなんと言ったら良い。
 ナルトよりもずっとさみしい。
 寂しいのに。

 俺だけを見てくれたら。
 その、誰よりも深い情で包んでくれたら。
 そうしたら、きっと救われるのに。この深くくらい檻から救われるのに。

「…おれを…ちゃんと、みてくれよ…」

 握りしめた男の服。
 自分よりずっと大きな大人の手。
 守るだけの力も…今の情けない自分にはまるでないけれど。

 あの子供以上に想うから。
 あんたが想ってくれた分だけ、いやそれ以上に想うから。

 だから。

「俺を、好きに、なって…」
 絞り出した声は、熱く掠れていた。
 こんなに勇気を、心底の気持ちを振り絞ったことなど、今までに
数える程もない。 
 お願いだから受け入れてくれと願う心も。
 イルカはただ黙って…振り絞られるサスケの声を聞いていた。
 呆然と、信じられないといった顔をしながら。
「サスケ…」
 漸く呼ばれた名に、サスケは震えた。けれど、貰えたのは期待通りの言葉ではなかった。
 その気持ちが…嬉しいとイルカは言った。
 何をいっているのかと、顔をあげれば男は、いつもの優しい教師の顔をしていた。そのことに酷くがっかりしたけれど。

 イルカは穏やかに笑い、サスケの頭を撫でた。
 まるで…ナルトの頭をぐしゃぐしゃと掻き回すように。
 
 大丈夫だよ、サスケ。
 お前のこともちゃんと見てる。
 お前の気持ちに踏み込むことが…今までは…出来なかったよ。俺はただの一教師でしかないから…でも…それはナルトも一緒だ。
 俺ごときがといった部分がどうしてもあってな。

 でも…こうやって許しが貰えたんなら遠慮はいらないな。
 それが俺も嬉しい。
 お前がいらないといっても…しっかり慰めに来てやるよ。
 だから…安心しろ!な!

 そんな答えに…結局は茶化されてしまったのだとサスケは唇を噛み締めたけれど。
 嬉しそうに笑う男は決して自分の望むものではなかった。けれど…。やはり嬉しいのだろうか。冷えきっていた心が…息を吹き返したのも…解って。

 …でも満足なんて出来ない。
 あんたの…情、気持ちが本当に…欲しいんだ。
朗らかに笑う男を、どうしても自分のものにしたい。

 けれどそんなサスケの心を、わざと反らしたいかのように、その男の人たち三代目に引き取って頂こうかと呟くように言うと。イルカはは暗くなりはじめた空に、何時の間に呼び出したのか、伝書の為の鳥を放っていた。


※※※


 イルカはサスケを家まで送り届けると、また明日になといって暗い夜道を帰っていった。
 足取りも軽く。

 恐らく本気では自分の感情を捕らえていないのだろう。
 だからこその明るい無邪気さで、サスケに男は接した。 

 きっと心底…嬉しいのだろう。

 今まで心を開かなかった子供が…自分に対して開いたことに対して。ただ、教師として純粋に喜んでいるだけなのかも知れない。

 違う、そんなんじゃない。
 ひとりの生徒なんかじゃない。
 ひとりの人間として、忍びとしてみて欲しい。
 イルカと対等であるものとして…自分の存在を認めて欲しいのだ。
 確かに前よりも…今日の一日の出来事のせいで…ずっと二人の距離は縮まったのだとは思う。
 けれど…それではサスケは不満なのだ。
 
 イルカに愛されたい。

 自分を一番に思って欲しいのだ。
 あのような結局、誰にでも向けられるような…ナルトと同じような情はいらない。
 
 さっきそれだけでも嬉しいと思った心などはもう、すでにない。
 すっかり…あれだけでも欲張りになってしまっている。
 無い物ねだりなんかじゃない。
 好きなんだ。

 自分に一番に気付いた男が。
 どんな事にも左右されず、自分の意志を曲げない男が。
 どうしても欲しいから。

 あの教師の顏を、取り去って本当の顔を見てみたい。

 サスケは小さくなっていくイルカの背をいつまでも、見つめていた。 サスケは小さくなっていくイルカの背をいつまでも、見つめていた。

 その背が闇にまぎれて消えてしまうまで。
 

 
 人生で初めての告白を、絶対に成就させたいのだと、願いながら。





 


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