「告-1」


 かーんかーんかーん。

 高く校内に響き渡る鐘。
 それを認めた瞬間、金色の髪の子供が飛び上がった。

「やーっと終わったってばー!!」
 ざわざわと教室が一気にざわめいていく。終わった終わったと特に疲れるようなことは何もしていないくせに、心底疲れた様な声が教室に広がっていく。
 そんな声と同時に…次々と教室から飛び出していくクラスメイト達と同じように、サスケも席を立った。
 漸くあの男を倒す為の…役にも立たない、授業が終わった。
 つまらないつまらないと零す、煩いナルト達の意見に同意もするというもの。
 決してそれだけでないことも良く解っているが、やはり実践には程遠い生温いことだとしか感じない。
 早く、強くならなければならないのに。
 教室を素早く後にして、廊下を早足に歩いていく間にも思うことは同じだ。
 背後から急き立てるように、サスケを急かす何か。いつだって気付けば考えていることはそれしかない。

 はやくはやく。一秒でも早く。
 そんな思いと共に、サスケは自分だけの秘かな修行場に足を急がせた。


※※※


「っつ…くそっ」

 何度やっても出来ない技。
 火遁を使った連係技を成功させようと今日はそれだけに何時間も費やしていた。幾度となく失敗し、それでも諦めることなく…何度もねばっていたけれど、あっという間に陽は暮れはじめた。
 もう少しやってもと思うけれど、そろそろこの時間は里の大人達が介入してくる時間だった。
 目を付けられれば、どうのこうのと口出してくる。うっとおしいうえに修行の妨げとなるのだ。それは御免被りたい。

 体力もそろそろ尽きる。
 身体を休め、エネルギーを取る必要がある。そうしなければ集中力は落ちる一方だということも良く知っているのだから。
「明日には…絶対完成させてやる…!」
 有り余る程の未練は捨てて、サスケは立ち上がった。
 泥だらけになってしまった服の裾を簡単に払い、その場を後にし た。

 長く影法師が足下から後方へ伸びている。家への細い一本道を、さくさくと草を踏み締めて帰る。
 陽は未だ落てはない。まだ明るいともいえる燃える赤を身に受けながら、サスケは早足に家路を急ぐ。

 少し飯を喰ったらまた…基礎体力を上げるメニューをこなさなければ。
 技を磨くことも大事だが、そういった一番のスタミナが足りないと担任の男に指摘されたことを思い出す。
 だがアカデミーの中では、一番優秀だと謂われていても、その技でさえまだまだ。
 火遁を旨く活用し、連係技に持っていくことが旨く出来ないのだ。一番タイミングの良い終了時を見極めなければ…次の技につなげることは難しい。
 この当たりは生来のセンスと、実践による経験がモノを言うことは良く解っているけれど…サスケには、時間がない。

 幾ら身体がぼろぼろになったって…構わない。
 すぐにでも身につけたいのだ。
 あいつさえ、倒せれば。
 そんな自分を急かす意識が、成長を妨げる一因ともなっているのだと、言われたことでさえあるけれど。

『無茶すんな、こんなになるまで…ったく、成長期にあんまりやり過ぎたら…のびる背ものびなくなるんだぞ?』

 無茶ばかりが成長ではない。身体を休めることも大事なことだと、以前担任の教師に言われたことを一瞬思い出す。
 修行の途中、術に失敗し、また体力的にも限界までやっていたのか、立ち上がることも出来ず倒れている所に…たまたま男が通りかかったのだ。
 心配そうな声が、薄れゆく意識の中でもやけにはっきりと残って居た。
 おぶわれて帰ったのは随分と屈辱的だったけれど、男の言葉を認めるには充分の情けなさで。

 …それもしっかり解っている。言われなくたって。

 子供のような意地だとも思うけれど。
 けれど、知っていたとしても…どうしても手を休めることは出来ないのだから。
 …まだまだやり足りない。全然足りない。
 こんなままじゃ足りない。力も、覚悟も、憎しみも、何もかも。
 ぎりぎりと奥歯を噛み締めて自分の非力さを呪うけれど、こうしている間にも時間は過ぎ去っていくのだと思えばやはり一秒でも惜しい。

  早く、帰って、回復したら。

 ひたすらに修行のことばかり考えていれば。ふと、目の前を覆った長く、小さな影にサスケは気付いた。
 一体なんだと、俯いてばかりいた顔をふとあげると。
 見覚えのある姿が眼に映った。

 …ウスラトンカチ。

 金色のぼさぼさの頭に、トレードマークのゴーグル。その明るさを主張するようなオレンジ色の服。
クラス一の落ち零れの問題児。
独特のそのチャクラにも、思考を深くするあまり気付けなかったのかと舌打ちするが、あまりにもそれはいつもとかけ離れ、静かだった。
 寂しげにとぼとぼと歩く姿はいつもの明るさや煩い程の喚きっぷりは想像さえ難しい。
 荒々しいまでに、己を主張する教室での彼とはまるで違っていた。
 感情と、そのチャクラと同じように…飛んだり跳ねたり、煩いくらいの…いつもと違ってその背は奪われるのを恐れるように、何かを守りたいとでも言うように丸く小さかった。
 まるで世界で自分は只独りだとでも言うように、その背は全てを否定しているように見えた。

 暗い澱のような…酷い孤独を感じるその背。

 そんな感覚に、既視感をサスケは覚える。
 前にも見たことのある、その小さな背。

 一度、公園でばったりとはち合わせたことがある。
あの時もたまたま、修行を終えたサスケが公園の側を通りかかったのだったか。
 親達に迎えられ、次々と帰っていく子供達の中。
 きいきいとなる、ブランコに乗ったまま、ばいばいと手を振り返っていくクラスメイト達に引きつった顔で、またなとナルトは呟いていた。
 相手には聞こえない程の小さな声で。
 夕日が当たるその頬が、やけに孤独を誘った。

 自分と同じだった。

 家に帰っても誰もいない、おかえりと返してくれる暖かい温もりはもう、ない。ましてやナルトには初めからその温もりさえなかった。
 暗い部屋でただ一人、静かに飯を喰うしかない。
 静寂は何も答えてくれない。

 ただ、闇を誘うだけだ。

 言い様のない孤独。
 何をしても自分は一人でしかないと思いしらされる。
 他の親がいる子供達に憧れを覚えても…一生それを味わうことなど出来ない。

 うらやましい、うらやましい。
 あんな手が俺にも欲しい。
 少し前には…俺にだって、居たのに。
 あんなに幸せだったのに。

 でも…もう二度と、絶対に手に入らないことが解っている。

 ただ、世界中でただ一人なのだと、そう言っているようなそんな孤独な背から眼が離せなくなり、立ち尽くした。
 まるで同じものを共有するかのように。
 いつものやかましい、落ち零れを見る目ではもうすでになかった。
 やがて、ナルトは勢い良く漕いでいたブランコから飛び下りた。綺麗に着地出来ずに地に手を付きながらも、しっかりと自分で立ち上がった。
 その表情は良く見えなかったけれど、思いは充分な程にサスケに伝わっていた。

 だからこそ、目を離すことが出来なかった。
 そして、ふと自分を見つめるサスケに気付いたのか、ナルトはこちらを見て一瞬大きく眼を見開いた。
 何か喋りたそうに、口が少し動き、だが何も音を零すことなく引き締められた。
 そして徐々に弛んでいき…嬉しそうにいつもの調子で笑った。
 まるで、仲間を認めるように、心底嬉しそうに。

 なんで俺を見て…笑うんだよ!

 そんな行動を返して来たナルトに…なんだかとてつもなく恥ずかしくなって…すぐにサスケは早足にその場を去ったけれど。
 ナルトがあのような笑みを見せたのは…同情でも何でもないのだろう。
 ただ、嬉しかったのだとなんとなく解ってしまったから。
 が、あの時は奇妙な連帯感が芽生え、なんだかこそばゆい感触を味わったのを覚えている。たったそれだけで随分と心が救われた気がしたのだから。
 すたすたと頬を少し赤くして…早足に歩いていたサスケを追い抜くようにして、ひゃっほいと駆けていくナルト。

 その背を見送りながら感じたものは久しぶりの暖かさだった。
 あの日から、復讐しか考えられなかった自分に通った久しぶりの。
 
 抱えている孤独は同じなのだ。

 まるでその種類が違ったのだとしても…。

 そう自覚した瞬間、ただのうざいだけの足を引っ張るようなウスラトンカチだとばかり思っていた、ナルトへの視点は一気に別のモノに変わっていた。
 認めると言う程大きなものではないにしろ、それに近い何かがサスケの中に生まれていた。
 里中の大人達から目の前のクラスメイトが何故か、嫌われているのは薄らと気付いていた。
 ただの馬鹿だとかお調子者だとか。子供である自分達の見る目とは又違う、明らかな嫌悪の眼が向けられているのを。

 それが何故かは良くは知らない。
 大人達が、ひそひそと声を潜め、公には誰も口を開かない所を見れば…恐らくは自分と同じような理由があるのだろうと簡単に検討はついた。
 皮肉な話だが、自分と同じように暗い、簡単には口に出来ない理由があるからだと。
 だからこそ、追求は出来なかった。
 あえて知りたいとも思わなかったけれど、余計に連帯感は生まれた。逆に同族を嫌悪するような気持ちも相反して生まれたけれど。
 それでも負けず、ただ火影になるのだと夢のようなことを口にして真直ぐに歩く目の前の男に誇らしささえ覚える程で。

 じっと気配を半分消すようにして、ナルトの後を付いていっている形になっていたが、そろそろ分かれ道だった。ナルトは次の角を曲がっていくのだ。
 別に後をつけている訳ではないのに、妙な罪悪感がサスケを包んで、いたたまれなかった。

 くそ、なんで俺がこんな。
 そう思っていたけれどもう、それもお仕舞いだった。
 漸く別れられると安堵していれば、するりと音も気配もなく大柄な影がナルトのすぐ背後に表れた。

 なんだ…?
 その影達は背後にいるサスケには…気付いていない様子だった。
 ただ、ナルトだけ目掛けて進んでいくそれに、サスケは息を潜めた。
 近頃漸く覚えることのできたことを応用して、完全に気配を断つ。うちに燃え盛るチャクラを完全に押さえこんだ。
 当然、前の男達もしっかり気配は消している為、そういった類いを苦手とするナルトが気付いた様子はない。
 …一体なんなんだこいつら。
 目の前の子供に襲い掛かろうとしていることは…すぐにわかった。
 どす黒い意志を感じて。
 ナルトに対しての、ここまで眼に見える悪意を初めてサスケは見た。それを認めると同時にいいようのない怒りを感じるのも。

 こいつが何をしたって言うんだよ!?

 理不尽な暴力に対する怒りが…サスケの冷静な心を焼いた。
 今にもナルトに飛びかかろうとした男達を目にし、サスケは地を蹴った。
 一人の男の足裏を強かに蹴りつける。
 声もなく、がくりと体勢を崩した男の鳩尾に素早く横蹴りを入れ、隣の男が叫び出す前に飛び上がり首根に足を巻き付け、一気に落とした。そうして地面に倒れる音を防ぐ為に、首根っこを捕まえて支えた。
 大の大人二人分の脱力した…酷い重みが両の腕に掛るが、離す訳にはいかなかった。

 ナルトには…気付かれたくなかったのだ。

 全ては一瞬で終わった。素早く、忍びらしく音もなく。
 恐らく、中忍レベルだろう大人ども。
 だが、アカデミーさえ卒業していない落ち零れと随分と油断していたのだろう。背後にいるサスケに気付けない当たりでどうかしているが、ナルトを襲うのだと言うことばかりに気を取られていた結果だ。
 情けないけれど、所詮こんなことをやらかすような下らない輩はこんなものなのだろう。
 前を歩いていく、ウスラトンカチの…クラスメイトは何も気付かぬ様子だった。
 そのことに何故か酷く安堵を覚えながら、サスケは脇にある茂みに力を振り絞って男達と自分の身を移動させた。


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