台所から続く居間に、ヘラクレスは居た。
何か袋のような物を握りしめ、小さな庭に出ていた。
一体何をしているのだと、サディクは窓から顔を出して様子を覗いた。
見えた物はヘラクレスの頭と、数匹の野良猫。
ああ、餌付けね。
顔を戻したサディクは菊に買ってもらっていたチャイをいれた。一応ヘラクレスの分もいれる。チャイグラスはないのでもちろん湯呑みである。
それを持ち、よっこいしょと縁側に腰かける。
「おい、おめぇの分もいれといたからよ…後で飲めな。」
まあ、飲まなかったら俺が飲むけどな。猫達に夢中なのか、返事もしないヘラクレスにそう付け加えながら。
嬉しそうに数匹の猫の頭を撫でている。サディクは聞いた。
「おめえさん、猫好きなんかい?」
「…おまえに教えてなんかやらない。」
菊が居ない所でのヘラクレスの態度は、やはり相変わらずだ。
ある意味非常にはっきりしていて、そこはいいのかもしれないとは徐々に思いだしたが。対応を決めやすいし。
菊が全てのヘラクレスにとって、自分が目の上のたんこぶでしかない事も重々。いや、それに関しては初めから知っていたが。
「…あっそうですかい」
そう言うと小さな庭に目を向ける。
陽はもう落ちかけている。徐々に夜の時間が長くなってきたのだ。
夏が終わっちまうな。
この国で何年巡る季節を見てきたのだろう?
それさえ、思い出せない。どうしてそんなことも忘れてしまえるのだろう。
「うにゃーお…」
増えていく猫の鳴き声に、目をヘラクレスの元に移すと、次々と集まってくる野良猫たちが見えた。随分な数だ。
「スッゲー数だなおい…これに全部やるのかぁ?」
「…それは…無理。うちそんなお金無い…もん。」
菊にも内緒だし。最後の言葉だけ、口の中で唱え、ペットフードの試供品の袋の封を切った。
それは恐らく無料で貰った物なのだろう。ヘラクレスが一人でペットショップにでも行き、貰ってきたのかもしれない。彼は彼なりに気を使っているのだろう。
作家である菊の収入は聞いた所によると、恐らくそんなには悪くない。
何を書いているかも聞いてみたが、恥ずかしがって教えてくれなかった。
だが、まだぺーぺーの新人らしく。執筆の依頼が入らなければその原稿料はもらえない。収入が不安定なのだ。
そんな状況も子供は良く理解していた。
依頼もなにもない時は、パート等で賄ったりもしていると言っていた。平日のヘラクレスが学校の時のみパートに入っていると。だがそれも依頼が入るとやめなければならない。
執筆にはしっかりと期間が決められており、それに集中しなければならないからだ。期限中に上げるには集中力がいる。片手間でパートをやっている余裕はない。
ヘタな物を出せばそこで作家生命は終わるのだろう。
今はちょうど物を書き終え、担当に原稿を渡した所だったという。
息抜きの為とちょうど連休だった為、2週間程かんづめ状態で何処へも遊びにつれていってやる事が出来なかったヘラクレスと楽しく出かけた所にサディクがぶっ倒れていた訳らしい。
そりゃ…こいつが不機嫌になったのも解る。
久しぶりの二人きりで、ゆっくり出来る時間をサディクが奪った訳なのだから。
菊の事に関して、負けるつもりは毛頭ないのだが、同情は出来る。
「…そうか…俺もただ居るばっかじゃいられねえな…」
身分のはっきりしない外国人が、堂々と働けるはずもない。後ろ暗いことはなるべくしたくないのだ。
菊が大使館に連絡をとってくれていると言うから、そのうち連絡がくるだろう。記憶喪失なんて特殊なことだから、向こうも処理に手間取っているのかもしれないと思う。
本当に役にたつってのはそう言う事だよな。
サディクが働ければ、収入もきっと安定するだろう。
菊のサディクに対する扱いはまだまだ客と同じだ。それが心苦しい。そして少し、寂しい。この子供と同じように扱ってくれれば良いのにとさえ思う。
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