だが、横にいる菊はサディクを暖かい目で見ている。しっかり約束は守る男なのだと、かなり株は上がっているようだ。
その菊の反応に、サディクは子供相手にザマーミロとまで思っていた。俺の勝ちだと。
すっかりヘラクレスに対して、マイナスのイメージしかないサディクは、どうせ返事はもらえないものと思いこんでいた。
けれど。
「…サディク…おじさん?昨日はごめんね。俺、どうかしてた。ゆるして…くれる?…でも、これから…しばらくの間…よろしくね」
と。
人見知りの子供のように、菊の袖に姿を隠しながら愛らしい声で言ったのだ。『暫くの間』という言葉はとっても微妙だったが。
それは確かに可愛かった。天使のようだったと後から頬を染めて親ばか全開で菊はそう表現したが、それ以上に酷い悪寒にサディクはさらされていた。
…うわああああ…気色わりいい!
彼の周りには、氷点下のブリザードが吹き荒れていた。
「は、ハーク君っ…!え、えらいですっ!」
その悪寒の嵐は菊の感激の声で破られた。
やっぱりハーク君はとってもいい子ですね。すりすりと頬をすり寄せ、菊がヘラクレスを褒めちぎっているのが目に入る。
絶句しているサディクは目に入らないらしい。
今の時点で、株を大きく上げたのはどうみてもヘラクレスであった。
しかし、菊の肩にちょこんとあごをのせた愛らしいはずの子供は、サディクのほうをじっとみて、かなり悪い顔で笑っていた。子供がそういう顔をしちゃいかんと思うような。
…こっこいつ…確信犯か!?
絶句しているサディクに見せつけるように、ぎゅうと菊にしがみつく。
「…ううん、おれ、悪い子だった。おわびにサディクさんが元気になるまでしっかりがんばるね。暫くの間」
そう言いながらちらりと横目でサディクを確認し、子供はさらにしっかり抱きつく。
「あらあら、ハーク君。どうしたんです。甘えんぼして…。サディクさんに笑われてしまいますよ?」
「いいの。今日はくっついていたいの。だってしばらく菊と離れてたし。」
その言葉に菊は一瞬驚くものの、すぐ嬉しそうな表情になり、今日だけですよとヘラクレスを抱き上げた。
菊の腕の間から見えた、によによとしたそのハークの顔。
「…」
ひくりと頬の肉がつりそうになった。
こんのがきゃああああ…。
なんのことはない。
ハークは二人が出かけている間に、色々と考えていたのだ。
どうすれば効果的に男にダメージを与えられるか。菊にほめられ、株を上げ。菊を独り占めする方法を。
なんと悪知恵の働く子供なのだろうか。昨日の失敗をしっかり教訓とし、現在のサディクの一番の弱みを握るとは。
いや、まだ負けた訳ではない。勝負はこれからだ。
第二ラウンドで負けたからといって、これからも負けという訳では決してない。相手は頭がいいといっても子供だ。詰めの甘さはきっとある。そこにつけ込めばいい。
そう考えるサディクもすっかり悪い顔になっている。
「サディクさん…?どうしました?はやくいらっしゃってくださいねー」
ハークを抱き上げて、先に台所に行ってしまった菊の声が聞こえた。
頬はまた緩んだが、決意は変わらない。
ぜってー負けるかと思いながら、サディクは重い荷物を持ちどかどかと台所に向かったのであった。
|