「境界のむこうがわ-3」

 ギリシャの行動の意味があからさまにわかったというか。解り過ぎでありながらも、もう一方の当事者はまるで解っていない所が面白いと言うか。
 だが、他の國がいる場所でこういった行動をおこすギリシャはあまり見ない。
 仇敵のトルコ相手では、日本を間にはさみよくばちばちやっているのだが、それ以外では意外と固いと言うか二人きりである時以外では、きちんと弁えている。こういった態度を示す方が珍しいのだ。
 だが、それはフランス相手でも解除されているらしい。
 信頼されていると言うと聞こえはいい。ただ馴れ合っているだけかも知れないが、まあそれはそれで嬉しいものだ。
 いつの間にかすっかりフランスの手は、日本から剥がされていた。抓られたりしなかっただけマシな方かも知れない。
 あからさまに機嫌の良くなったその端正な横顔。
 …満足ですか…
 まあ、御機嫌になったんならいいかと思考を切り替えてフランスは、ミネラルウォーターを飲もうと手を伸ばした。用意してあったもう一つのグラスに勢い良く注ぐ。
「…それ日本の為に用意したものなんだけど…」
 完全に抱き込まれた状態の日本は頬を赤くして口をぱくぱくさせているが、嫌がってもいないから満更でもないのだろうか。
 いや、嫌がっているはずもない。
 本来日本は好意をよこすものにはすこぶる甘い。それが付け込まれやすい訳でもあるのだろうが。
「いいだろーおにいさんの日本をおまえがいま抱いてるんだから、俺がこれくらいもらってもさ」
「…だれがフランスさんのものですか…」
 ようやく突っ込むことが出来た日本はもぞりと居心地が悪そうに身を捩らせた。
 がっちりと抱き込まれている為にギリシャの、体温も気になるのだろうか。
「日本、いいの…?」
 ちろりと抱き込んた日本を覗き込みながらギリシャが呟くように言った。
 主語等なにもないそれに、なにがですか、とまた突っ込みたくなったものの。ギリシャの辿々しいとも言える、少ない言葉にも大分慣れて来ている日本だ。
 そもそもこの状況であれば当然水のことだろうと思い、日本は私も全部は頂けませんから、どうぞ、と控えめに言った。
 その言葉に勢い良くフランスは水をあおる。
 日本が駄目だというはずもないが、ギリシャの機嫌をまた損ねるのも得策ではない。
 まったくフランスは遠慮と言うものがない、日本を見習えなどとぶつぶついいながらも。すっかり日本を自分の側に引き寄せられたせいか、自分の腕の中に捕らえる事が出来たせいか…ギリシャの機嫌もすっかり良くなった様だ。
 鼻歌すら聞こえてきそうな上機嫌。現金なものだと思うものの、腐れ縁のなじみの機嫌が良いに越した事はない。
 それから、暫く他愛の無いことを話していた。
 相変わらず貿易のノウハウを、日本から享受してもらっていたが、途中で飽きてしまうのかすりすりと日本の髪に頬を擦り付けて、真面目に聞いていますか怒られることを繰り返していた。
 その怒られる事でさえ嬉しいのか、きっと普通にみても解らない位の変化ではあるのだが。ギリシャの頬はすっかり弛んでいる。
 まったく、どんだけ好きなんだか。
 そんな二人の微笑ましい会話にも、時折フランスらしい突込みを加えたりして。真っ赤になる日本とあきれ顔ながらもしっかりと釘を刺すギリシャと。楽しい時間は過ぎていく。
 だが、その柔らかな午後をごろりと変える引き金が飛び込んで来た。

「にゃおう…」

 一声に反応して、日本は顔をあげる。
 窓に器用にバランスをとって佇む姿が印象的だった。
 綺麗な、黒猫。
 日本が声を掛けようとする間もなく、すらりと伸びた手足がすたりと床に飛び下りた。そのまま目の前を横切っていく。
 その美しい毛並みに触れてみたくて手を伸ばしたものの、猫は颯爽といってしまおうとする。
「あ」
 主人に構って貰えないと思ったのだろうか、私が主人を独占してしまっているせい?
 すたすたと振り向きもしないまったくつれない、その背を寂しく感じる。前に来た時は日本の膝の上で眠ってくれたというのに。
 その意図を汲んだのだろうか、今まで日本を離そうとしなかったその腕を解いて、ギリシャは立ち上がった。
 クロノス、とギリシャは名前をよんで、しゃがみ込む。その途端、足を止めて黒猫は綺麗な顔をこちらに向けた。
 主人がおいでと手を差し出した、瞬間。
 日本の目の前で。ふわりとあれが揺れた。

 あ。

 …今なら、触れるのでは?
 それは大きな大きな誘惑で。
 ずっと触ってみたかった、アレが目の前で揺れているのだから当然だ。


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