「境界のむこうがわ-2」

 その日は晴れ渡っていた。空の色を映した海がきらきらと煌めいて、海鳥が風を切ってゆるやかに飛んでいく。
 まるで絵葉書の風景のようだ。
 美しい、一枚の絵。
 その風景に見愡れていれば、日本どうかしたのかと声を掛けられる。細い腰に手を器用に廻されながら。
「いえ、相変わらず美しい場所だと」
 その手から難無くするりと逃れて、日本は笑った。フランスはその言葉に空をかいた手を見て。まあなと同じく笑い、つれないねえ…と踵を返す。
 あらかじめ買っていた日本からの土産物はフランスに重いだろうと半ば奪われるように取られていた為、日本の手持ちの荷物はとても少ない。しかしながらそれは少なからず不本意なことで。紳士の行為のつもりであろうが、同じ性を持つものとしてはあまり嬉しくはない。
 フランスさんはまったく性別なんてモノともしないで、誰彼かまわずで…などとぶちぶちを文句を言いいながら、日傘をくるりと回転させていれば、数歩であるがフランスから遅れてしまう。コンパスの差もあろうが。
 そんな日本に気付いてフランスは軽くウィンクをしながら、軽口を叩く。
「…いつまでもむくれてちゃ、可愛い顔が台なしだぜ日本。早く行こう、こう熱くちゃあ、干上がっちまうぜ」
 別にそれ程むくれている訳でもなかったのだが、ぶつくさ言っていたのが聞こえたのだろうかと少しバツが悪くなる。そうですねと短く答え、目を離すには惜しい風景に背を向けて、フランスを追いつく為に早足になった。

 相変わらずの白く統一された、美しい町並みを二人で連れ添って歩いていく。
 当たる日射しは恐ろしい程に強い。前回の訪問でそれは周知済だったから日本はきっちりと日傘を持参していた。
 用意がいいねえとグラサンを掛けたフランスに笑われたが、お互い様だと思う。
 こちらでは乾燥も激しいから、肌への対策はいろいろ考えなくてはいけないというが。
 しっかりと陽光から自分を守ってくれている傘を見ながら、これは確かイギリスから貰ったものだったかと日本はふと思い返す。
『べ、べつにお前の白い肌が心配だって訳じゃないんだからな!』
 そういって押し付けられるように貰ったのだったか。まったくもって、日本の肌が陽に焼けようとイギリスにはまるで関係がないと思うけれど。
 心配をしてくれているのだと思えばとても嬉しかったので、こうして使っている。自分の持ち傘もあるのだけれど、コンパクトになる分、長旅であればこちらのほうが使いやすい。
「お、あとちょっとだな」
 そうこうしているうちに、何度か訪れた事のある大きな家が見えてくる。
 道中、フランスからのセクハラは数回あったのだが、それが交わせない程鈍い訳でもない。といっても、傘で片手が塞がれている状態では全てのガードはむつかしく、そのうちの2度程はしっかり尻を鷲掴みにされた。けれど、お返しにぐーで殴った。まあ、それも親愛のものだから大したものではない、はずだ。

 呼び鈴を押して、数秒のち表れたのは相変わらずの少しぼんやりとした整った、顔。
「…いらっしゃい」
 そう眠たそうな声でいうギリシャに、おいおい寝てたのかよ今はもう昼近いんだぜとフランスが笑う。
 フランスとてあまりえらそうなことは言えないと日本は心の中で思うけれど、やはり休日にゆったりとしたいのはどこの國だって変わらないだろう。
 フランスはいつものセクハラ顔でそんな薄情なやつにはおにいさんが愛のおしおきをするぜ!と嬉しそうににじり寄っていったが、チューの寸前で無言で額にデコピンを食らい、ギリシャに返り打ちにされていた。
 さすが、私とは腕力(指力?)が違うと日本は感心した。
「こっち…」
 デコピン一つで倒されてしまったフランスが、いてえーと叫びつつ、ごろごろと絨毯を転げ回る様を眺めながら、奥の部屋に消えていく大きな背中を追う。
 日傘をどうしていいかと迷いながら、顎で示されたソファに座った。こうしてここに座るのも3度目だろうか。邪魔になると手早く、傘を折り畳みながらも足下を気にしてしまう。
 何度繰り返そうと、やはりこちらの靴を脱がない習慣と言うものに慣れない。
 そういえばトルコは日本と一緒で家の中では靴を脱いでいたような気がする。隣国でありながら、習慣もまるで違うのだから、たとえそれが文化の違いであろうとも、二國の険悪さも知れると言うもの。
 くすりと笑えば、かちゃりと目の前にミネラルウォーターの瓶が置かれた。
「どうぞ、とりあえず」
 この熱い季節、水分の補給は必須なのだが、日本はもともとの習慣のせいか取る事が少なかった。とりあえず、と断わられて出された水はそれを慮ってのことだろうと、単純に想像が付く。
「…ありがとうございます、頂きます」
「おーい俺にもそれくれー喉がからからだぜ、おーいちちちち、まったく少しは手加減して欲しいぜ〜」
 ようやく、傷みに慣れたらしいフランスが額を押さえながら隣の部屋から移動してきたらしく、とすんと日本の横に座った。
 だが、ギリシャはフランスの言葉はまるで無視し、無言で男三人ではあきらかに狭いと思われるソファの、日本が座っている右側の、少しかスペースの開いていない場所に収まろうとした。
「ちょ、ギリシャさん!?」
「おいっ、ギリシャそれ、無理だろ!」
 半分、日本の膝上に乗るような形で強引に入ってくるギリシャに当然ながら二人は驚いた。すばやくフランスが日本を自らの方に引き寄せる。
 お陰で、ギリシャの尻で日本の膝がプレスされるような事はなかったが、ただでも大きい成人のおとこが三人もつまったぎゅうぎゅうのソファではやはり居心地は悪い。
 なおかつ、ギリシャから不機嫌なオーラが漂ったのも原因の一つだった。
「…フランス邪魔。あっちいってよ」
「…おいおい、来た早々なんで客の俺がないがしろにされねーといけねんだよ…」
 日本の肩にまわされたフランスの手から日本を奪うように、ギリシャはその細い腰を抱き込んだ。
「…」
 そんなギリシャの不可解な行動…いや解り易過ぎる態度に、フランスは眉をへのじに曲げた。


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