「キューピッドは黒いアレ-4」


「ありがとうございます!」

照らされる夕日の元で、ひょこんとしっぽを揺らして頭を下げるイルカに、なぜかカカシはどぎまぎした。
後ろの方では「これならあいつら全部跡形もねーよなあ…!サクラちゃん!」
「そうねーこれならね…」
「…あたりまえだろ…炎で焼いてやったんだから…な…」
などと部下が話しているのが聞こえるが…いつもは何かをしている振りをしながらも、耳を澄まして彼等の動向を逐一みているのだが、今のカカシにはそれさえ頭に浮かばない。
…それほどに夕日を頬に受けてにこにことはにかんで笑うイルカにしか視線がいかない。

なんか…凄くどきどきするんだけど…
笑顔が前よりもっとかわいらしく見えた。
心臓が心なしか痛い。
あれれ、何これ。ここに来る前はこんなにドキドキしなかったよな?だって俺には縁がないのかもとか思ってなかったっけ?俺…どうしちゃったんだ…?
だってこの人男だし…そんな色気とは無縁の人だったし…。
やぼったいとか…馬鹿だとか…おかしな人で、おもちゃみたいでとかしか…思ってなかったじゃない。

気のせいだと思い込もうとしても駄目だった。鼓動は早くなっていく一方で、収まる気配等いっこうに見せないのだから。

なんか駄目だ、スゲー可愛いもん。もうこう…キラキラしてる…?
夕日だけのせいじゃない。
抱き締めたいとか、キスしたいとかそれ以上もやってしまいたいだとか思ってしまっている。

う…うそだろ…?俺ってこの人の事…好き…になっちゃったの?

狼狽してあせったって事実が変わる訳でもない。
そんな感情はまるでなかったはずだった。友人としての好意…そんなものだったというのに。
そんな短時間で気持ちがころりと変わってしまうものだろうか?


……あ…あれ?
…もしかして…もしかしてだけど…


イルカから視線が外せず、食い入るように見つめながらも一つの考えが頭に浮かび上がる。
治めようとしても治められない動悸。ココ数時間で覚えがある。


吊り橋効果ってやつ…?…マジでか!


けれど…そう…それなら合点が行く。あのどうにもならない追い込まれた状況で、カカシはイルカに物凄いドキドキを体験させれられ、それを共有したのだから。
もともと好意を抱いていた相手ではあるから、それがより一層この騒動で強まっただけなのかも知れない。
けれどそれをがらりと、異性相手に感じるものに変えられてしまったのには驚くしかないが。

でも…ま、別に吊り橋効果でもなんでもいいや。
本当になんて御礼をいったら…とカカシの手をとりしっかりと握りしめてくるイルカに「そんな…大した事はしていません…当然のことをした迄ですから…」と真摯な眼差しで返し、微笑みながらそう思う。

今迄命を掛けた任務にでだってこんなことは…一緒にいた大切な仲間達に恋心を抱く事等まるでなかったのだから。
イルカだから、この天然のお人好しであるからこうなったと思った方がなんだか…凄くぴったりな感じがした。

運命とか…どうだろね。
黒いアレのお陰ともいえるこの運命。…いやそれはあんまり嬉しくないけど。

イルカの表情を見ていれば自分とそう変わらない想いを持っている事が解る。告白したところで結果は見えている。

ははは…愛が芽生えちゃったよ…

「イルカセンセ…」
うっとりとその名を呼んで、以外と柔らかいふっくりとした…頬に手を添えれば。うっすらと染まった目元に知らず口元を寄せていく。
途端、尻の当たりにギュとつねられた感覚があったかと思うと、漸く(忍びにあるまじき事だが…)周りに視線がいった。
ふんとつねった張本人であろう、サスケが鼻息を鳴らす。
何時の間にか…ざわざわと周りが騒がしく、このアパートの住人だろう人や、周囲から集まって来た野次馬の人々の垣根が出来ていた。
その中心でなんだか恥ずかしい事をやっているイイ年の…男の忍びが二人。

「…あー」
ちょっと我に返ったカカシの声にイルカもはっと周りに目を走らせ、状況を理解したのか…握っていたカカシの手を離し、真っ赤になった。
離れていく手が惜しいと思い、けれどその可愛いとしか思えなくなった仕種にまた視線が吸い寄せられるが…

「カカシ先輩…」

なにをやってるんですかと言わんばかりの…面を被った男が目の前に立ったのに、漸く状況を理解するのだった。







暗部達に連行されて里長の前に引き出されたカカシ達はようやく自分達が何をしでかしてしまったかを思いだす。

ああ、家ひとつ…ぶっ壊しちゃったんだ…っけ?

壊されたはずの当の住人である本人はすこぶる喜んでいたものだからすっかり忘れていた。第一あんなぼろアパートは…黒いものの巣窟の場所は壊して当然だろうと、途中からしか思えなくなっていた3人にとっては些細な事でしかなかったのだ。
けれど住人にとってはイイ迷惑。
よしんばすぐに新しい住居が建てられるとしても…その間は路頭に迷ってしまうのだから。
こりゃこってり絞られるなあと頭を垂れていれば…掛けられた言葉はまったく逆の言葉だった。

「御苦労様じゃったの!」

ほくほくと嬉しそうな里の長に七班はぽかんとした。
もともと古い建物で老朽化しており、取り壊しを検討していたらしく。
咎めどころか火影からお誉めの言葉を頂く始末。
帰宅にはまだ早い時間と言う事で人が殆どいない事が幸いしたようで、けが人は奇跡的にいなかった。
今のままならば家賃は安いのだと取り壊しを渋って居た住人もこれではどうしようもない。
路頭に迷う人々は当然ながら火影がなんとかしてくれるようで、責任の一つさえ押し付けられる事はなかった。

執務室から出て来た七班を大丈夫でしたか、と心配そうにするイルカにカカシは微笑んで大丈夫ですよといってやる。
ほにゃりとイルカはよかったーと安堵の息をついた。
正しい事をしたのに罰されるなんて…もしそうなってたら火影様に抗議に行く所ですよ!などと息巻くイルカをどうどうとカカシはなだめる。

やっぱり面白いよなあ…このひと…かわいいわ…オバカで…などと思われていることは本人はつゆとも知らないのだろうが。

イルカはさすがに寝床がなくなってはとこれからどうしようかと考え込んでいた。
今さらなんとも脳天気なお話ではあるのだが非常にイルカらしいと言えよう。
火影から、住処に関してはこちらに言ってくれればなんとかするとお前から伝えといてくれ、と言われたがカカシはイルカに伝える気はさらさらなかった。
餌を自ら逃すような真似はしない。
カカシは今思い付いたと言わんばかりに…イルカに提案した。

「イルカ先生、新しいとこが立つ迄俺んとこ来ます?」
一瞬イルカはぽかんとした顔をしたが…すぐさま真っ赤になって「ええええっ!」と大声を上げた。
「そんなっ!上忍の方の…お世話になるわけにわっ!」
あたふたと焦って手足をぴこぴこと動かしているのが面白すぎる。吹き出しそうになるのを我慢してカカシはいった。

「いいんですよ、俺はずっとイルカ先生のうちで御飯戴いていた身ですし…今度は俺が御礼する番でショ?」
そういってにこにこ笑ってやれば、イルカは恐縮したように縮こまり、うんうんと悩みだした。
「ね、ホテル暮しじゃお金も大変なんですから…?お礼させて下さいよ…ね?お願い!」
「そんな…御礼をいうのは俺のほうですのに…」
ぼそぼそといいながらも、やはり任務以外では野宿は嫌なのか、だいぶん傾いている様だ。
後一押しかと口を開こうとすれば、イルカは決心したかの様に顔を上げた。
「…はい…、申し訳ありませんが…よろしくお願い致しますっ!俺出来る限り、洗濯とか料理とかしますからっ!」

又ぴょこんと下げられた頭にカカシはにこにこではなく、にやにやの笑みしか浮かべられない。
もうこれで手にはいったも同然だ…同棲してしまうんだから。
しかもなんか奥さんみたいな事いってくれちゃうし。

「…カカシ先生は本当に凄い方でやさしい方なんですね!俺前からそう思っていたんですが今はもっともっとそう思います!俺感激しました!」
眼をキラキラさせながらカカシを見つめてくるイルカにどきんと胸をときめかせたのは、初めから彼の無意識の罠に嵌められていたのかもしれない。


イルカの中でどうもカカシは英雄になっているようだった。
それに上乗せして宿迄提供したと思われているカカシの株はさらに株は上がっている。
まあナルトとサスケもそれっぽいのだが…黒いものを滅ぼしてくれた英雄である。

ああ…なんて単純なひと…そう思うが自分だって思いっきり…罠にハマっているしなあと思いなおす。
やっぱりこの人だからだよね…改めてそう思う。やはり一番は吊り橋効果というやつだろうが。

突然イルカが「わっ」っと声を上げた。
成長期の子供は思いのほか重たい。今はまだ…よろける程ではないがそのうちこの勢いを受け止められなくなる時はくるだろう。

案の定…イルカの腰に巻き付いた金色の子供が声を張り上げた。
「俺だって、俺だって!やったってばよ!イルカ先生の為にさ!」
「そうだ…カカシだけじゃないぜ…?」
何時の間にか背後から近寄って来た部下達がきゃんきゃん吠え始めた。
今迄になかった…カカシに対しての敵意むき出しで。

このイルカ先生好き共め…!

ちっと舌打ちして苦々しく巻き付いた子供をじっとりと見る。子供の専売特許を駆使出来るのがうらやましい。

やはり吊り橋効果は覿面だったらしく。
見事な迄にこの二人もイルカへの思慕を自覚したらしい。

…ったく…お互いにほれてろってのよ…

それが一番都合が良かったのに…そう思っても今さらだ。
状況的に言ってもどきどきさせた張本人はイルカなのだから…これはこれで仕方が無いのだろう。
が、勝負は初めからついているので別に気にもならない。
イルカはカカシの家にこれから暫く居着くのだから。その間にちゃっちゃと襲って自分だけのものにでもしてしまえばいいのだ。
丸め込むのは子供より簡単だろう。

「イルカ先生!そこっ!アレが!」

多分これだけでいい。
イルカは飛び上がって驚いて、カカシに張り付いて離れないだろう。ぶるぶる震えながら子犬のような目をして縋り付いて来るに違い無い。
俺が付いていますから!なんて言って、頼もしい所も見せたりして。
自分の言った言葉にちょっと…震えながら、その原因を作ったイルカに慰めてもらう。
なんとなく利に適ってる気もしないでもないなあ…にやにやと笑ってこれからのことを考えていれば。

「ああ、おまえらのおかげだな!先生嬉しいぞ!!!」

そういって二人の頭をぐしゃぐしゃとイルカは撫でていた。サスケもナルトも嬉しそうに、照れくさそうにそれを受けている。
撫でているイルカもにこにこと満面の笑みで、機嫌の良さも露に恩人達への感謝の気持ちが溢れていた。

それを見たカカシは、むかむかとする嫉妬の気持ちを押さえる事さえ出来なくなっている。想いを自覚した今…イルカを前にするといろいろなものがどうも狂うらしい。

面白く無い…なに蕩けそうな笑みしちゃってんの…!

大人気なくともはっきりとそう思うのだから…もういいでしょとばかりにカカシはイルカを二人から引き離した。
いきなりのことに、はて?ときょとんとしたイルカににこにこと笑って、じゃ…俺の家に案内しますから、いきましょうかね?
そういうと「はいっ!」と居ずまいを正し、元気よくイルカが返事をする。
じっとりとした部下からの目線を軽くいなすが、油断ならないイルカから当然のようにいつもの上等文句が飛び出した。

「じゃあまたな!御礼といっちゃなんだが…また…ラーメン食べにいこうな!ふたりとも!」
ぎょっと目を見張る暇もない。そう言うのを阻止しようとした俺の努力はっ!
「いくいくいくってばよー!」
「…わかった…」

飛び跳ねて喜ぶナルトの頭を撫でたそうにしているが、それはカカシの腕に阻まれて出来ない様だった。
「出来たら俺とだけでいって欲しいってばよ!!サスケはどうでもいいってば!」
「…このウスラトンカチ…!」
「ん?二人一緒だと都合があわん時もあるよな?わかった!独りづつでもいいからな!開いてる時いつでも声かけてくれな!」
「りょーっかい!ってばよ!」
「…わかった。声かける…」
照れながらぶっきらぼうに答えるサスケに、カカシのイライラは頂点に達した。

ああああああ!もうっ!この天然!

天然だからこそ無邪気なモーションのひとつも解らないのだから、それはそれで気付く素振りも見せないんだから良いと言えば良いのだけれど。
これからこうやって…ずっとやきもきさせられるのかと思うと、堪らなくなってカカシはイルカの腕を引くと、横抱きにして抱き上げた。

「え?え?え?」
先程から、以前とはまるで違う反応しか返してこないカカシにうっすらと気付いたのか…戸惑うイルカを、
「ぎゃああああ!カカシ先生!抜け駆けにもほどが…!」
と叫ぶ子供達を無視して。
「じゃ行きましょう!」

あれの居ない(多分)俺達の愛の巣へ!

カカシは力強く地を蹴って、窓を飛び出し。



二人の楽園…目指して掛けていくのだった。これからのバラ色の日々を想像して。








…任務が終わっての帰り道… 何だかんだで随分と日は落ちて…遅い時間。
カカシ先生の大馬鹿野郎を繰り返す埒のあかない二人と別れて、家への道を歩いていく途中。
サクラがあれから漸く初めて…冷静な頭になって、ぼんやり考えていた事を…ぽつりと漏らした。
「…バ○サン焚けばよかったんじゃないかしら…」

勘違いなのか本当なのか?

まあそんなことは些細な事なのかも知れない。
今が…幸せであるならば…





20050529 了

 


…ブラウザ閉…