何処までも晴れ渡る空。
玄関で立ち止まった菊は天を仰いでため息をついた。昨夜は殆ど眠れなかった。体調最悪の上、未だ暗雲漂う心とはあまりに違い過ぎた。雲一つない空が今の菊には恨めしい程だ。
天候に八つ当たりしても仕方ないし、どうしようもない事は知っている。
いっそ大雨で、洪水でも起こって学校が沈んでしまえばと不謹慎きわまりない事までも思う程に、学校に足を運ぶのが億劫だった。
そうまで思うのならエスケープすればいいことだろう。
腹痛でもなんとでも言って休めば良かった。だが、それは生来の生真面目さと、家主に心配は掛けられないという理由から出来なかった。
菊はいま、かなり無理を言って現在の学園に通っている。海外を飛び回る片親の元から離れて、自分の意志だけでここにいるのだ。連れて行くと譲らなかった母親を説き伏せ、親戚である家主に頼み込んで住まわせてもらっている。
菊は母と子だけの家族構成だ。兄妹もいないし、親が心配する気持ちも良く解る。母親もとても大切に想っている。だがそれでも譲れない物はあった。こうして、通っていられるのは家主からの許可が出たからこそである。
実の所、学園に通う為の資金までも出してもらっているのだ。
金を一切出さないとごねた母親を説得するにはそれしかなかった。数年後には返す約束とはいえ、なんとも心苦しい。
これ以上無茶も心配もかけたくない。母親にもだ。
だからなんであろうと、学校を休む訳にはいかなかった。学校側から来るなと言われない限りは。
「…ああもう。」
これ以上うだうだ悩んでいては遅刻してしまう。
それも本意ではない。自分に取って皆勤賞は当たり前のことだ。
逢いに行かなければ会えない人なんだから、そんなに気にする事もないはずだ。そう叱咤し、すっかり動く気をなくし、止まってしまっていた足を叱咤し、もう一度踏み出した。
「おはようございます」
いつもの様に、下駄箱でヘラクレスに会った。
目の下にくまがあるのを悟られない様、にっこりと最大の笑顔での精一杯の挨拶だった。
昨日の事は彼は知らないはずだ。多分。サディクだってあれほど気を使っていたのだから、ヘラクレスに言ったりはしていないだろう。
だが、眠たそうな顔をした彼は、こくりと頷いただけだった。
…あれ?
いつもなら聞こえない程小さくても返事を返してくれていた。そのれが今日は何もなしな上、さっさと菊を置いて教室に向かっていってしまった。
いつもなら菊にべったりと寄り添って朝からかなりの濃厚なスキンシップを図って来るというのに。
背を向けられた瞬間、どきりと胸が跳ねるのが解った。
…まさか?
知っている訳がないとタカを括っていた。だが、視線さえ併せてくれなかったのはやはり何かあるということだろう。心当たりはもう山の様にあるのだから。そもそもサディクに上手い様に誘導されて、昨日すぐに帰ってしまっていた彼が疑いを持っていてもなんら可笑しくはない。
ああ、もう!私はなんて、浅はかなのだろう。
教室でまた顔を合わせるのが怖い。またあのような反応をされたら寂しい。つらい。
けれどこれ以上、ヘラクレスに不快な思いをさせたくはなかった。絶対に嫌われたくない。大事な友人を失いたく等なかった。
「…私の馬鹿…!」
何が怖いだ!今更じゃないか。
頬を両手でばちんと思い切りたたいた。だが、思ったよりもかなり強く叩いてしまい、頬がひりひりと痛む。多分手形状に赤くなっているだろうが、気にして等居られない。これも罰のひとつと思えば軽い物だ。急いで教室に向かう。
始業のベルがなるのも、後少しだった。
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