| 「あべくんっ」 授業が全て終わり…部活動の時間がやってくる。阿部にとってなにより大切な時間が始まる、そのグラウンドに足を踏み入れた瞬間。 バッテリーの相方に呼び止められた。それと同時にいつもより深刻な顔で走りよってくる。 いや、深刻…というか、ただひたすらに悲愴な顔をしている、というのか。 朝練の時から、遅刻をしてきたりで上の空。何やら様子が可笑しいとは思っていたが…挙動不信が三橋の常なものだから…ここまで可笑しいとその時は気付けなかった。まだまだ三橋研究が甘いなと阿部は首を捻る。 だが、三橋は阿部に完全に近付く事無く、獣を見る時のようなベストポジションで、絶妙な位置をとってうろうろしている。途中までえらい勢いで走って来た癖に。 だが、これしきではまださすがに切れたりはしない。阿部も忍耐力を多少は身につけたのだ。 「…おまえ…なんつー顏してんだよ」 うろうろしている三橋にそうあきれ顔でいえばうえ、あ、お、といつものようにきょろきょろとあちこちを見回し、焦った後。だっ、て、だってと何がだってだか良く解らないままにめそめそ泣き始めた。 ………。 沸点が人並みより遥かに低い阿部は、あっという間にその沸騰寸前まで来てしまっている。 だが目をつむれば少しは…我慢出来ると言う事もここまでの付き合いで解っている。我慢我慢と呪文を唱えながら目の前の鬱陶しい三橋を視界から隠す為に目を閉じた。 「で、なんでお前はそんなんなってんの?」 軽く疑問系で聞いてやる。 なんにしてもコミュニケーション。 阿部には田島のように翻訳機能はまるで付いていない為、なんとか自力で聞き出さねばならない。しかも自分に解る言葉にきちんとしてもらって。ここらは非常に厄介だが、この過程を省けばなにも進まないからだ。 「怒らないから言ってみ」 この言葉もとても大事だ。 大抵この言葉の後、理由を聞いてから怒る割り合いの方が多いのだが、それでもこの言葉があるとないでは話の進み具合が違うのだ。 これだけでどれだけ三橋が阿部に怒られるのが怖いのか良く解る。阿部としてはそれほどに怒っていつもりもないのだが。 俺の事をどういう目で見ているか良くわかるのがまたムカツク…。 その阿部の険悪な雰囲気が伝わったのか、三橋はまた涙を大量に流しながら、なおかつどもって、きょろきょろと周りを見回している。残念ながらいつも助け舟を出してくれる栄口は周りにいない。 「う、っ、あっ」 その為か、べそべそと更に泣きながらも三橋は阿部に縋るしかないらしく。こちらを捨てられた、子犬のような目で見ている。しかし理由を言う気配はない。 「…はやくいわねえともう、球受けてやんねーぞ」 三橋は案外意固地だ。一度これと決めた事は絶対にやる。気弱な癖にそれはどんな時でも発揮される。富みに投球ではそれが遺憾なく発揮されている。 だから、阿部にとってあり得ない選択肢をちらつかせてみれば、あっという間に食い付いてくる事が圧倒的に多かった。ある意味脅しに近いがこれが一番手っ取り早い。 それはもちろん、あくまで阿部的には冗談の域をでない所、だからである。 だが。 三橋は今までにない反応を返して来た。 え? ずるりとその場にへたりこみ。放心したような状態で、先ほどより遥かに大きな涙の粒がぼろぼろとその猫のような目から滴り落ちた。 「え、ちょ、みはし!」 阿部は焦る。こんな反応をされてはさすがに言い過ぎたかと思うしかない。この場合、今までだってそう言う事をがんがん言っていたという過去は何処かに放り投げてしまう様だ。 今までであればいやだあと泣いて阿部に縋り付いて嫌がって。それをなんとか治めれば話が聞けた。 すでにその過程自体がやたらと長いし、展開が遅いわと思われるかも知れないが意外とこれが一番早いのだった。本当の所、田島を翻訳として連れてくるのが一番早いのだが、それはバッテリーとして解りあわねばならないのだと思っている阿部にとっては、最終手段らしい。 だが、三橋は音もなくはらはらと泣いている。チームメイト達が見たら、一体どんな酷い事を言われるかと言うような事態だ。 座り込んだ三橋をおこそうと、阿部もしゃがみ込む。 そして覗き込んで見たすっかり蒼白になった三橋の顔に…阿部は輪をかけて青ざめた。 いや、これは俺の言葉がどうこうというより、腹が痛いとか。頭イタイとか、そう言う事かもしんねえ…。こんなこと今までなかったし…! そう、投手におせっかいな程構い過ぎる…超過保護な捕手は三橋を助けおこして、ベンチに引っ張っていこうとした。が。 起こそうとした瞬間に、物凄い力で地面に引き倒された。 どすんと大きな音を立てて、阿部と三橋はグラウンドに転がった。盛大な砂埃を上げて。阿部と言えば何が起ったかも解らず暫く目を白黒させていた。 「…や、やだ。阿部君はおれんだあ…」 続… |
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