それはとても寒い季節だったと思う。
日本という国に留学することとなって、習慣やいろいろなものに戸惑っていた自分に優しくしてくれた、今ではとても親しくなった友人と兄を引き合わせたのは。
その友人とやらに会ってみたい。
それは兄が言い出した事で、わざわざドイツからやってきてまで彼に会いたいといったからだった。日本観光も目的だとは言っていたが、それは二の次のようだった。
いつでも遠い電話越しの声は怒っていた。要の所自分の心配をしてくれていたのだとは思うが。
俺は友人が好きだった。
留学の1年間、いや半年経った時にはそうなっていて、ほんの短い間で、惚れ込んでしまったのだ。いや、もしかしたら初対面のときから惚れていたのかもしれない。
何よりも代え難い大切な人。出来る事なら彼を、国につれて帰りたいのだとまで思いだしていた。いや、日本という国も大好きになってしまっていたから、このままずっと留まりたいと、この友人と一緒にいたいと思ってしまう程に。
愛する祖国を出るなんて、ここにくるまでは毛の先程さえも考えもしなかったというのに。
告白さえ出来ていない状態で、馬鹿らしいとは思うが育つ気持ちは留められなかった。ここに居られる時間は後少しで、決断が迫られているからこそ。
だが、そのことを話したときから兄の様子は可笑しかった。
何も肝心な事は話していなかったが、自分の様子から友人へ惚れ込んでいる事がバレてしまったのかもしれない。
違うのだと、弁解しようとしても兄は聞く耳を持たなかった。
ぎゃあぎゃあと叫ばれ怒られ。終わった時にはキンキンと痛むる耳から受話器を離し、置いた。
「…兄さんの馬鹿野郎…」
口から出るのはため息ばかりだった。
その時は少しずつでもいいから説得し、解ってもらうしかないかと思っていた。
だが、翌日には日本行きへの飛行機のチケットは取ったと国際電話がかかってきた。あまりの素早さに驚きより呆れが先に来てしまった程だ。
妙な時だけ行動力がある。腰が重いときはとことん重いくせに。
それも兄の一つも魅力ではあるけれど。
そうだ、とても大切な世界で一人だけの兄。
だからこそ、大好きな兄にも好きになって欲しかった。
短い期間ですっかり馴染んでしまった日本という国も、何よりも好きになってしまった友人のことも。
けれど、それがどういう事になるかだなんて、その時の俺は想像もしていなかった。
「どうも、初めまして。本田菊と申します。」
大きく腰を折り、挨拶した菊を戸惑いの表情で見つめる、兄を目撃するまでは。
|