| 「好きなんです。つきあって下さい」
報告書を受け取って処理をしている最中にいきなりそう告げた男は里の誇る上忍だった。
美しく光る銀髪と顔の半分を覆っている口布を…片目を覆う額あてをイルカはぼんやりと見つめた。
男と自分との接点と言えば教え子達に関してのみで他には一切無い筈で。
受付で生徒たちのことについて軽く言葉をかわしたりはしていたがその程度だった。
只の顔見知りでしかない。
そんな男からいきなり転がり出た言葉にイルカはひたすら呆然とするしかなかった。
「いいでしょ?つきあってよ」
繰り返される言葉。
けれど頭が全く理解しようとはしない。出来る筈もない。
何をいっているんだこの人は?
イルカは男と同じ性別で、男を好きな性癖はまるでない。
それは目の前の男にも恐らく言える事だった。男の浮き名はオトコにとって憧れを抱くようなものだったのだから。
きっと女に不自由なんて一度だってしたことはないだろう。
階級だって…上忍中忍の差以外に内勤でしかないイルカとは全く違う。
少々情けない事かもしれないが…男が自分に興味を持つ理由が何一つ思い浮かばないのだ。
唯一露出させている猫のように細められた目からは何も察する事が出来ない。
この上忍の考えている事はイルカにはさっぱり解らなかった。
同僚達や報告にきた忍び達が動揺してざわざわと廻りがざわめき初めていた。
やけに自分の鼓動も大きく聞こえる。
どくどくと耳もとで脈打つ音がどんどん大きくなっていく。
「…その…はたけ上忍…今は勤務中でありまして…そう言う事はプライベートな時間にお願いいたします…」
このままでは業務に支障がでてしまう…そう思いやっとのことでそう絞り出す。
きっと顔は耳迄真っ赤になっているだろう。
その証拠にまだどくどくと鼓動はうるさいままだ。
しかしきっとこれで引いてくれるだろうと思っていたイルカに浴びせられた言葉は周りの予想をも裏切るような言葉だった。
「あんた俺に恥かかせるつもり?」
一瞬にして場が凍り付いた。
高圧的な物言い。
先ほど迄の柔和な表情は消え無表情にも近い冷徹な顔。まるでイルカが仇の敵かと謂わんばかりの鋭い眼光。
事実目に見えないプレッシャーがイルカに降り注いでいる。
その冷気に当てられイルカの血の気は音をたてるのではないかと謂う勢いで引いていく。
思わず握りしめた手のひらは冷や汗で濡れ、かたかたと体が自然に震え出すのを止められない。
眼光に射抜かれ縫い止められ、男の眼から視線を外す事さえ許されない。
これでは断る事などできるはずがないではないか。
いや、初めからそのつもりだったのか。
公の場で言う事で、逃げ道を断ったのか。
ぴんと張り詰めた空気はイルカを攻めているようにも感じる。
事実とばっちり受けたとも言えるこの状況に…たまたま受付所に居合わせた面々はきっとそう思っていることだろう。
『お受け致します』
たったその一言を言えばこのプレッシャーから解放される。
凍ったこの場は元の穏やかな時間に戻るのだ。
けれどイルカのなけなしのプライドはそれを許さない。こんな理不尽なことが許されていいのか?
体中、男の威圧で凍り付いていると言うのに、息の根を止められそうな冷気ではらわたは凍り付きそうだと言うのに。
それでもイルカは男に挑んだ。
反らす事を許されない瞳を、力を振り絞って鋭く睨み返した。
ささやかな抵抗かもしれない。
けれどそうせずには居られなかったのだ。イルカがイルカであるためにも。
その視線を受けた男は笑ったようだった。
くつりと口の端をゆるく上げるだけの、いやらしい笑み。
誰もが気付けない程の。
イルカは眼を見開いてそれを受け止めた。
そんな可愛い抵抗でオレが引くと思ってんの?
薄く開けられた目はそう謂っていた。
「いい?あんたはオレと付合うの。いいね?」
続…
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