「あ、おあよー」
俺は一瞬目を疑った。
そりゃそうだろう。29で未だ独り身。彼女だっていない。それもここ数年。
平々凡々でなにも代わり映えしない毎日。
ただ起きて、会社に行って、黙々とその日を過ごす。
それの繰り返しだ。
たまには呑んだり、騒いだりもする。其れくらいないとさすがにやってけない。
ちょっとのご褒美、それだけがあれば同じ事がただひたすら続く毎日でもやっていけた。
そう、大した意味もなく、ただ無為に過ごす毎日が続いていくのだと思っていた。
平坦しかない道でも、ここまできたら愛おしく感じてきたりなんかしちゃってる矢先に、これはないだろう。
ちょっと貴方、泣いていい?
布団をまくり上げた先にはなんでか?どうしてか?
マッパの男。
取りあえず、世間一般的に見てほぼ9割以上は男前だとか評価されるような顔なことはよくわかった。
なんだか日本人離れした髪の色と、目の色。差し込んでくる日の光に透けて、一段ときらめいている。
まぶたに一本走った傷が印象的だ。俺の小さな時に思い切りすっころんで出来たような間抜けな傷とは違って、なにか別の深い意味がありそうな…そんな傷なのだ。
あーあーミステリアスとか言って女に騒がれそうな。
いやいやいやいや、冷静に分析している場合じゃないだろう。
問題なのはそこじゃなくて…。
なんで俺もマッパなのか?というとこであろう。
これが女性ならまだよかった。…いや、それもよかないけども、今の心象風景は確実に違うと思う。
もうちょっと、こう、な。
混乱しているところに追い打ちをかけるのは体のきしみだ。そう…心なしか…腰が痛い。さらに股のあたりなんてきわどいところが、なんか湿った感触がして気持ち悪いし。
覚えのある湿り…だけじゃない。
頭がごんごんと痛い訳は、よく解っている。
飲み過ぎだ。
昨夜は自分でも明らかに行き過ぎただろう自覚があったから良く解っている。そう。
それは解る。
いや、わかったからこそ、この状況につながったのだろうことも、今、気づいた。
言葉を忘れてしまったのかと言うほどに口をぱくぱくとしか動かせない俺をじっと見つめながら、ゆっくりと体を起こした男は、にまっと笑う。
「体、大丈夫ですか?」
ひいっ、何言っちゃってんのこいつ!
今一番突っ込んでほしくないところを、ずばりと言われて俺は血の気が引いた。
だから其の勢いで声が出たのか。
「や、ちょ、まてまてっ!いや、待ってください!この状況、もしかして貴方説明出来ちゃいますか!?」
うん、我ながらまぬけすぎる質問だったと思う。だが、そんな物言いしか出来なかった訳でして。
それにも理由がある。
お互い酔っぱらっていたのなら、きっと記憶は互いにあやふやではないかと思ったのだ。
だが、さすがに要領を得ない非常に答えにくい質問だったのか、男は一瞬きょとりと目を見開いた。
「…えーと」
俺は情けない事にどう説明していいかも解らずに、わたわたと手を振るしかなかったが、そんな心配はいらなかったようだった。
男は首を傾げつつも簡潔に答えた。
「はあ、やっちゃってます。取りあえずは」
ぎゃああああああ!
引ききっていると思っていた血の気がさらに引いた。貧血だ。
俺が聞きたくても聞けなかったまさに核心の部分を、銀髪の男は頭をぼりぼりと掻きながら、申し訳なさそうにつぶやいたからだ。
いや、ぽそぽそと言った後大きくあくびをしたから申し訳ない、とかは思ってないかもしれないが。
マジで?マジでなのか?
男に突っ込んじまったとでもいうのか。
俺にそんな趣味があるなんて知らなかった…。
あぁーーーーーー神様ーーーーーー。日頃から大して想いもしない、祈りもしない神様とやらを俺は恨んだ。完全にお門違いなのは解っているが、どうしようもない。この理不尽を何処にぶつければいいのか。
そもそも男相手の責任なんてどうやってとればいいのか、解りやしない。
「いいじゃないですか、減るもんでなし。それにあなた結構…良かったし」
ん?
いま、今なんて言いましたか?
ついでに耳も疑った。
聞こえてはならないような音が聞こえたような気がしたからだ。
「…なんの…話?」
「…え?そりゃ、この流れでしたら一つしか」
「…」
「だから、俺があなたにつっこ…」
「ぎゃあああああああああ!」
俺は盛大に叫んで、男の言葉をかき消した。頭がぐわんぐわんと痛んだが、そんなこともどうでもいいくらいショックを受けている。
いやいや、いや。
それはない。ないったらない。そんなことはありえん!
「俺、男は初めてだったけど、けっこー良かったですよ。悪くない…」
「しゃらーっ!ストップ!よくわかりました!わかりましたから、もういいです」
俺は思考を完全に停止させて、布団から一気に出た。そうして戸を開け、一気にトイレ兼浴室に飛び込んだ。
|