カカシとつまらないことで喧嘩をした。
本当に些細な取るにたらないことだったように思う。
けれど、なぜかその時はお互いに一歩も引けず、捨て台詞と共に部屋から出ていってしまったカカシとは既に一週間も会っていなかった。
「…なんだかな」
家に持ち込んでいた書類と格闘していたものの…あの時の喧嘩の事が気になって少しも進まず、ため息をついてこつりとペンを机に置いた。
もう一週間。
何も言葉を躱す間もなく…顔すら合わせないままに…既にもう一週間が経過してしまった。
目の前からカカシがいなくなって、煮えくり返っていた心が少し落ち着いた時にも考えたこと。
何が原因だったのか…イルカは冷静になった頭で考えてみる。
もう既に何度もやっていることだが、考えをもう一度整理する為に頬づえををついてイルカは思考しだした。
…恐らくだが、いつものパターンでちょっと無神経なカカシの言葉に自分が過敏に反応してしまい…言い合いになったのだと思う。
それが何時になくヒートアップしたのだ。最後は非常に大人気ない…馬鹿だの阿呆だの、子供のようなやり取りだったかもしれず。
けれど、なんのことでそうなったかは…一切思い出せない。
きっと…覚えていられない程に些細なことだったのだろう。
けれどそんな小さな喧嘩の発端さえ思い出せない今、あのとき烈火のごとく怒ってしまった自分は、心が少し狭いのではないだのだろうか…と思わないでもない。
けれどやっぱりカカシは今迄の異性の恋人とは違って、いや同性だからどうと言う訳ではなく本人の気質なのだろうが…やはり少し、無神経な所がある事も確かなのでそうやすやすと譲ることも出来なかった。
だが、イルカは非常にカカシに甘いことも確かで。
実の所すでにイルカはカカシを許してしまっていた。
もともと一つの事にこだわってばかりいないタイプ。いや、ただ大雑把なだけかも知れないが、一週間も立ってしまった今ではどうでも良い気さえ…実はしていたりもするのだった。
「…はあ…」
けれど、仲直りの切っ掛けがつかめそうにない。
なんだかんだいって…イルカは自分が見栄っ張りの意地っ張りの自覚はある。
自分から頭を下げるのなんて…まっぴらゴメンだ。イルカが悪いのだとしっかり解っていれば話は別だが、まるではっきりとしないこの状況で謝ることは憚られた。
そりゃあ喧嘩は…勝ち負けなんかじゃないことも解ってるけどよ…でも…なあ?
特にカカシと関係を結んでからは…閨では女の役目ばかりやらされていて。挙げ句の果てに、快楽にあっさりと負けてしまう自分を自覚させられ。ただ喘がされ、行為をもっとと自ら強請るという…なんともその時は意識の飛んでしまっているイルカには信じられないことまで…たっぷりと報告されて、経験させられて。男のプライドはぺしゃんこにつぶされているばかり。
だからこそ…こういったことでは意地でも男としてのプライドを通したいのだという部分があるのだ。
「…」
けれどカカシは喧嘩をした時から、一度として逢いにきてくれていない。
やはり自分のように…謝る必要はないと思っているのだろうか?
ぼんやりと目の前の書類を見つめるけれど、事体が進展する訳でもこの山が片付く訳でもなんでもない。
…こんなに逢わなかったことさえ、久しぶりで。
ちょうど考える時間もできたし…整斉したと良かったと、強がりで思ったりもした。けれど、このまま…ずっとカカシと会えなくなったらどうするのだろう?
本当に、俺に逢いたくないからカカシはこないんじゃないのか?
自分のちっぽけな…意地やプライドばかりを尊重させる俺に愛想をつかしたんじゃないのか。
そう…本当に嫌われてしまったとしたら…どうするんだ?
一度…思い付いた考えはそんなはずはないと思う心とはまったく裏腹に、加速をたてて深みに転がっていく。
完全に嫌われてしまったのだと…だからカカシは来ないのだと思えば、ぞくりと背筋に寒気が走った。
そんなのは…いやだ。このまま終わってしまう等。自分はまだこんなにもカカシが好きなのだ。
手放したくなんてない。ずっと一緒にいたい。
だったら…それならば自分のプライドなんてどうでもよいのだと…土下座してでも謝ればカカシも許してくれるかもしれないと。
「っつ」
いてもたってもいられなくなり、今すぐにでもと立ち上がろうとしたイルカの腕を何かがひっぱった。
え、と声をあげる暇もなく、ふにりと柔らかな感触が勢い良く頬に触れた。
こういったとき、いくら思考に没頭していたとはいえ…忍びの癖に気付けもしないのかと、情けないことこの上ないと思う瞬間で。上忍と、中忍の差を否応がなく覚えさせられる瞬間でもあるのだけれど、そんな事を思う暇もなくその暖かな感触はあっという間に離れてしまい。
「…仲直りっの証」
そう喧嘩相手の張本人が叫んだものだから、イルカは間抜けにも「…はあっ!?」などと素頓狂な声をあげて、そちらを見遣ることしか出来なかった。
「だからっ!仲直りの証だって!」
頬を赤く染めて唇を子供のように突き出して。
「ほっぺちゅうは仲直りの証でショ!?だからもう喧嘩はおわりっ終わりったら終わりなの!イルカ先生はこれからも俺とずっと一緒なの!」
ずいずいと顔を近付けて、そのままの顔で迫ってくるカカシにイルカは後ろに仰け反ることしか出来ず。
しかもその幼稚な、子供の間でしか通用しないような仲直りの証を…いきなり表れて持ち出したカカシにイルカは呆れると言うよりも、只呆然とすることしか出来ない。
「は…はあ…なかなおり…ですね」
カカシはそんな生返事しか返せなかったイルカを…くしゃりと顔を歪めてすでにほぼ乗っかかっていたその身体を抱き締めた。
「…ごめんなさい。俺が無神経でした。イルカ先生の気持ちも考えないで…本当にごめんなさい」
ぎゅうぎゅうと力を強くして抱き締めてくるカカシに、イルカはそうだ謝らなければと漸く思考を戻して…それは違うとばかりに叫ぶ。
「いえっ、それは俺もだったんです…!カカシ先生ごめんなさい!謝るのは俺の方です…」
「…イルカ先生…」
「…怒ることでもないようなことに反応して…おれ…カカシ先生に愛想つかされてたらどうしようって思っ…」
「そんなことないです!そんなこと絶対ないですから…俺が…ほんとに駄目だから…」
「何言ってるんです!カカシ先生が駄目だなんて…」
繰り返されるお互いのフォローの仕合が、バトミントンのようにぽんぽんとタイミングよく、切りなく続けられることに…ふと気付いて同時に言葉を失って。
又、ぷと二人同時に吹き出した。
…阿呆らしい。これじゃあ只の馬鹿ップるみたいね。
くつくつと笑って、言ったカカシの言葉まんまその通りなのだけれど。イルカも笑いが止まらなくてぷるぷると腹筋が震えたけれど、なんとかそれを納めてイルカははっきりとカカシに向かって言った。
「…なかなおり…ですね」
カカシが自分を…しっかりと思ってくれていることは言い様もなく伝わってきた。疑うべくもない。
こんなに簡単なことだったのに。
「…はい…」
もう一度カカシは嬉しそうな顔のまま、イルカの頬にまた唇を押し付ける。
今迄に経験したことのない…穏やかで柔らかなその感触は新鮮だったが。仲直りするためとはいえ、カカシは何故いきなりこんな行動に出たのかと…イルカにとっては疑問以外の何ものでもなかった。
むちゅむちゅとひたすらに頬に口付けてくるカカシにそのままの疑問をぶつけると…カカシは一旦…ぴたりと止まる。
が、すぐに罰の悪そうな顔をして、視線を泳がせながらぼそぼそと、七班の子供達から教わったのだと言った。
任務も終盤にさしかかり、ターゲットもしっかり捕らえ、ゆっくりと報告に戻ろうとしていた時。
一日中覇気のなかったカカシに、七班の面々が事情を聞いてきたらしく。
恋人と喧嘩をしたけれど、なんとなく謝りたくない。ちょっと頑固な恋人が謝ることはないとも良く解っている。けど仲直りは絶対したくて…けどやっぱり謝る以外仲直りするきっかけが見出せない。どうしようとどんよりしていたら、あきれ顔で子供達はカカシを詰ったらしい。
そんな不誠実な気持ちで謝りもせず…仲直りしようなどと調子のいいことばかり考えていてはどうしようもないと。
けれどカカシはそこは引けず。だってさ、とはりきって概要を話したらしい。
ま、そしたらやっぱり怒られたんですけど…あははとカカシは苦笑いしながらも先を続けた。…イルカがすっかり思い出せないような些細な言葉はカカシはしっかりと覚えていたらしい。
子供達は口々に…先生はちょっと無神経だとかいろいろと説教をイッチョ前に垂れてくれたけれど、先生が恋人の売り言葉に買い言葉につい謝りたくなくなってしまった気持ちも…ちょっとだけ解るからと。
「…これな謝らなくても、きっと仲直り出来るからって…」
それで…ほっぺちゅう。
かわいらしい子供の仲直り方法を子供達から教わったのか。
「…そうだったんですか…」
「でも貴方の顔をみたら…謝らないとかいって意地をはっていた自分が馬鹿みたいに思えちゃって…本当にごめんなさい、これからもっと気をつけますから…許して下さいね…」
「そんな…喧嘩は両成敗が相場なんですから…第一遠慮なんていらないですよ。そんなストレス堪るでしょうに…」
「…はは…すみません…でも気をつけます」
「…俺もなるべく流す努力はしますから…長く側にいたいですからね」
…俺もです…と、てへへとまるで子供達と同じような無邪気な顔で笑うカカシ。
こんなことをされて…仲直りが出来ないはずがない。
だって許すも何もない。すでにイルカはカカシに謝る気も、泣きつく気もあったのだから。
イルカの頬にばかりちゅうちゅうと吸い付くカカシに…お返しだとばかりに引き剥がして…ちゅと、イルカはその唇にキスをした。
久しぶりのカカシの唇は頬に当てられた時よりも…柔らかく感じてイルカはくすりと笑った。一週間ぶりの感触だ。
「へ?」
先ほどのイルカと変わらない間抜けな声をあげたカカシにイルカは笑いながら言ってやるのだ。
「じゃ、大人の仲直りでも…しますか?」
けれどそれだけで、全てを察したのか…カカシは勢い込んで抱き締めていたイルカを畳の上に押し付けてくる。
「…のぞむところですよ」
そうにっこりと笑ったカカシを抱き締めて、イルカもにっこりと笑った。
この嬉しさを幸せを…噛み締めて。
翌日…イルカが腰を庇いながら出勤する羽目になったのはまあ言う間でもなく。
いつもの落ちでめでたしめでたし。
-了-