授業の一環とかで。
朝顔を育てることになった。
小さな種と鉢を渡されて、私は困ってしまった。
自慢にもならないないけれど、私は今迄一度だって花とか生き物を育てたことはない。
花は綺麗だとは思うけれど自分に最後迄、世話ができるとは思わなかったからだ。
母はガーデニングがブームの時にはまって、随分細かい物迄買い込んで、いろいろやっていたけれど。
こんなことなら聞いておけば良かった。そう思っても後の祭りだ。
友達のいののうちはお花屋さんで。
きっといろいろ知っているだろうと思ったけれど、もう彼女には負けないと思った時から…頼ることはしないと決めていたから。
尋ねること等到底出来なかった。
けれど大半のクラスメイトは花など育てたことがないらしく、私と同じようにその種子と鉢をどう扱っていいか迷っていた。
何故か今回に限ってはイルカ先生は何も言わない。
ぶーぶー文句を垂れるナルトに、めんどくせーと動こうともしないシカマルに…ちょっとは考えろと怒鳴っているのが見えた。
それはいつもの見なれた風景だったのだけれど。
いつもならイルカ先生は初めてのことであれば…私たちが知らない事であれば。懇切丁寧にいろいろと教えてくれる。
どんな先生よりも…父親や母親よりも、私たちが理解できるように分かりやすく教えてくれる。
それでも理解できなければ何度も根気よく。
それを簡単にけとばしてしまう男子達は知らないかもしれないけれど。
知っているのは多分…シノかサスケくんくらいだろう。
けれど今回は一切何も説明はしなかった。
ただ、やってみろと。
した、といったら朝顔の効能について講釈したぐらいだった。
朝顔は一般的には平凡な花にしか見られないけど、昔は随分と高価な薬だったのだそうだ。
今でもその種子は下剤や利尿剤に用いられる。
だから種の収穫迄が今回の実習の目的なのだと。
無駄なことなど一つもないのだとイルカ先生はいった。
めんどうくさい。
私は朝顔を育てるといったイルカ先生に…まるでシカマルみたいにそう思った。
別に効能さえ知っていればよいのだ。
知識はあるにこした事はない。有れば有る程良いものだ。そして必要な時に使えば良い事だ。
わざわざ育て、それを収穫する意味は私には見出せなかった。
買えば、手に入るではないか。そう思ったのだ。
なのに。
みんなで率先してやり出した、いのを真似て四苦八苦して土をつめ。
(なんで石をいれんの?とかナルトが聞いていたがそれくらいは少し考えたら解ることだ)
その鉢に種が植えられた時は心が弾んだ。
埋めたばかりなのに、ナルトは首をかしげ、まだでねーかな、まだでねーかななんてうなっている。
出る訳ないのに。
もしそんなことが出来るとしたら、初代様が持っていた木遁の術くらいだろう。
なのに私も早く…出ないかと思ってしまったりして。
それほどに目の前の、自分の植えた種が可愛く、愛しく思えたのだ。
成長し大きな花を咲かせて、はやく私たちの眼を楽しませて欲しいと。
さっき埋めたもんがすぐ出る訳ね−だろーが!またしてもイルカ先生がナルトを小突いた。
けれどその表情は慈愛に満ちて。
私たちがうきうきとその鉢を見ているのが嬉しいとでもいうように。
イルカ先生は笑っていた。
私はその表情に一瞬見愡れる。
先生のいいたいことはそれだけで良く解ったのだ。
ヒナタが最後に鉢に種を植えた時、クラス全員が作業をやり終えていた。
いのがイルカ先生に何か話し掛ける。
「ああ、そうだな。みんな水、かけてやれ」
あんまり掛け過ぎると腐っちゃうから…湿る程度にしてあげてね!
それに覆いかぶさるようにいのがいった。
その声に私は嫉妬を覚えた。
初めからいのは育てる喜びをしっていたのだ。
何かしらの命を支え、育むその楽しさを、歓喜を。イルカ先生と同じように。
イルカ先生の意図を読み取って、それに協力したのだ。
くやしい。
自分が知ろうとしなかっただけなのに。けれど、それだけではない事を育てる過程で私たちは思い知った。
朝顔は少し水をやり忘れるだけで簡単にしなびた。
やっぱり先生は私たちが忘れた水やりを、知っていてもやろうとはしなかった。
いのでさえ。
彼女は自分のものには毎日しっかりと水をやり甲斐甲斐しく世話をしていた。
ついでなのだからなんでやってくれないのかと、放課後漸く気が付いて水をあげている時よく思ったものだ。
そう思ったのは私だけではないらしく。
シカマルがめんどくせーからやっといてくれよ、自分のだけでなくよおと渋い顔をでいっているのを並んだ朝顔の鉢の前でみた。
いのは顔をしかめて、言い含めるように、まるで私が聞いているのをしっているかのように、いった。
自分でやらなきゃ意味がないのよ。このこたちがかわいそうでしょ?あたしたちの行動一つでこのこたちの生き死にが決まるのよ?それが責任をもってこのこたちの命を預かってるって事でしょ?
そのとおりだ。
いのの声に私はぐうのねもでない。シカマルもそのようで、押し黙っていた。
ようやく口を開いたシカマルは渋面を作りながらも、わかったよ。めんどくせーけど。といって踵をかえした。
今日はやっといてあげるわ。そう声をかけた、いのにシカマルは手を挙げて応えた。
サクラのぶんもね。
そう呟いた彼女に、また私は強い何かを感じた。
きっとイルカ先生と示し合わせていた。
決して自分以外の鉢を気にかけるなと。
シカマルに見せた強い語気から、ほんとうは他の鉢の面倒もみたいのだとわかったから。
しなびた葉をみて何も思わない訳では、枯らしたい訳では決してないのだ。
本当は水をやりたいのだ。
可愛い花達を、すべて大切に育ててあげたいのだ。
けれどそれを戒めて、イルカ先生との約束を守っているいの。
まるで理解していなかった自分に腹が立った。
それから私はまめに朝顔の世話をした。
つるはどんどんのび、立てた棒にするすると絡み付いてゆく。
光を浴びて一日、一日と大きく強く育っていく。
そろそろつぼみが付く時期になってきていた。
珍しい事に、ナルトは朝顔達をやたら気にして育てていた。
何に対しても無頓着というか、乱暴であるのが嘘のように。
毎日こまめに水をやり、帰る前にはかならずその様子を見て、その成長をうきうきとして見守っていた。
つぼみが始めて付いた日等飛び上がってみんなに報告していたのだ。
その喜びは良く解ったから。
よかったわね。とわらいあったのに。
なのに。
ナルトの朝顔は枯れてしまった。
すこしづつ元気が無くなっていき。そしてとうとうその葉は黒ずみ、しなんだ。
水をやりすぎて根が腐ってしまったのだ。
「水のやり過ぎだ!!馬鹿!」
枯れてしまったと、助けて欲しいと、泣きながらイルカ先生を呼んできたナルトはいきなり怒鳴られて目を白黒させていた。
大事な朝顔を枯れさせててしまって傷付いているナルトに、さすがにそれはないのではないのかと口を開きかけた時、ナルトはぼろぼろと大粒の涙を流しながら「おれのせいってわかってるってば!!だけどっこいつはがんばってたのに、死んじゃうなんていやだってば!」
そう叫んだ。
イルカ先生はぽんと、ナルトの頭の上に手をおいて撫でた。
「わかってるじゃないか」
大切だから…しなければ、知らなければならない事も有る。
「はじめに…いのがいったろう?水をやり過ぎると腐っちまうって。おまえはこいつのことを考えて、ちゃんと水をやったか?」
「…だって、あつそうだったから…ちょっとぐらいは大丈夫だって…」
そうだ、初夏の日ざしは残酷なほどで。
彼等はすぐに枯れてしまうのだからとナルト程ではないが、私も多めに水をやっていた。
「それはおまえが思っただけだろう?だけどこいつらには過ぎた水だったんだ。育て方はいのに聞けばすぐわかるし、また書物を調べればわかることだ。それをしなかったのはナルトおまえだろ?」
本当に思い遣って、その為を思うなら。
それはごく基本的な事のはずだった。
けれどそれをしなかったのは…
手を握りしめ、うつむいてナルトは声をしぼりだした。
「…もう…だめなの?もうこいつはしんじゃうの?」
「…残念だけどな」
イルカ先生は悲しそうな顔で、ごめんなと呟いた。
それはナルトにいっているようにも、枯れてしまった朝顔に謝っているようにも見えた。
見ていながら、何もいわなかったイルカ先生も同罪だ。
もちろんいのもだ。
いのは後ろの方でつらそうに枯れた朝顔を見ていた。
やはりごめんねと謝っているのが良く解る表情で。
そんな顔をするなら、どうして言ってやらなかったのだ。
言うぐらいは容易い事だろう?
たとえ、育てる事のむつかしさを伝える為だとしても。
わたしはふたりを身勝手だと思った。
勝手にふたりでわかりあって、簡単に見殺しにして。
同情はしっかりして。
ほんとうに、かってだ。
弾けるようにしてごめん、ごめんなあ!と、わあわあと泣き出したナルトにみな、おろおろする事しか出来ない。
気持ちは良く解ったが、枯れてしまったのは一番甲斐甲斐しく世話を焼いていたナルトの鉢だけで。
まだ順調に育っている鉢を持っている私たちに言える事はなかった。
何を言っても皮肉にしかならなかったから。
イルカ先生はまだナルトの頭においていた手でやさしく撫でる。
「…わかったか?生き物を育てるのは難しい。大きさも違うが…犬にしろ猫にしろだ。その命に対して責任を持たなきゃならない」
わかるな?
イルカ先生は皆に言い含めるようにそういった。
キバがゆるりと胸の中に収まっている赤丸を撫でた。
良く解っているという風に。
けれど、そのことを噛み締めたと言うように。
泣きながらナルトは頷く。ごめんごめんと連呼しながら。
無くなった命が戻る事はもう、ないのだ。
ほんの少しの間違いで。
けれどそれを防ぐ事は容易に出来たのだから、その後悔は尽きない。
「…ナルト、ほら」
ほいと差し出された鉢。
「俺が育ててた分だ。後は頼んだぞ」
「え?」
ぽかんとイルカ先生を見上げてナルトは不思議そうな顔をする。
なぜ?イルカ先生が?
「俺の変わりに育ててやってくれ」
「だけどっだけど!あいつに悪いからだめだってばっ!!」
「変わりなんかじゃない。だけどこいつをしっかり育てる事が贖罪にだってなる」
何をいっているのか。
贖罪をしたいのはイルカ先生だろう?
死んでしまった朝顔の見変わりをはじめから育てていたくせに。
そう思ったけれど。
「うん!」
短い返事と共に、固く頷いたナルトにわたしは胸がちりちり焦げるのを感じた。
その素直すぎる返事に。
「もーこのこは絶対枯らしたりしないでよね!知らない事があったら私に聞くのよ?!」
いのが横から出てきて、ナルトの頭を小突いた。
「ぜってーからさないってばよ!あいつのぶんまで俺はがんばるんだってばよ!」
「みんなで大きな花をさかせてやろうな」
「おうっ!」
イルカ先生の声にみんなは大きく頷いた。
けれど…私の胸はざわついたままで、イルカ先生の言葉に素直に頷く事が出来なかった。
枯らしてしまったナルトの鉢は、イルカ先生が土に返してやるからと持っていった。
ナルトは一緒に行きたいと言ったがイルカ先生はそれをやんわりと、止めた。
「土に戻すだけだ。別に弔う訳でもなんでもないよ。だから先生ひとりでやるさ」
一見突き放したようなその言葉は、胸のざわざわをさらに大きくした。
ナルトさえしぶしぶと教室に入っていったと言うのに。
私はその後を追い掛けていって、その光景を見守った。
ざあと花壇の中に巻かれて、まぜられた、そのつちとしなんだ葉。
他の花達の養分となって、また咲いていくのだろう。
ぽんぽんと二度程軽くその土、先生は撫でた。
ごくろうさん、次はしっかり花を咲かせてくれな。
そういって微笑んだ。
ああ。
あの時と同じ顔だ。
なんて、美しく、慈愛に満ちた。
けれど、残酷な。
命への責任を教える事に…朝顔をつかったのは…その命が小さいからだ。
人とは違う。
いくら愛情を注いでも、動物程失って悲しむものでも無い。
その後悔は小さい。
本当は大輪を咲かせたはずのかわいそうな花。
見殺しにされた、生贄にされた可哀想な花。
いのとイルカ先生の二人だけの秘密。
それを知っているのは私だけだ。
ああ、私だって。
「サクラ、早く授業に戻れよ?」
びくりと飛び上がって。掛けられた声に私はその場から走り出した。
気付いていた。
イルカ先生は。
私が見ていた事ではなく、ちゃんと、初めから私が気付いていた事を知られたようにおもった。
ならどうして、わたしもその輪の中にいれてくれなかったの?
わたしだって。
私だって。
-------------------------------------------------------------
イルカ先生から託されたナルトの鉢は大きな美しい花をさかせた。
朝顔の花言葉は淡い恋、はかない恋、愛情の絆。
-了-